たかが友達に会うだけで
東京の大学に行って変わったかなと思っていたけれど、授業中後ろから見ていた背中も、少し気だるく話す口ぶりも、一年前のまま、全然変わっておらずちょっとホッとした。
とてつもない変貌を遂げていたら、きっと困っていたかもしれない。
久しぶりに会うのと同時に、初めてに入るあいつの部屋。
料理や裁縫が上手いところがあるので、僕はあいつをどこか几帳面なやつだと思っていた。
けれど、いたるところにある参考書や、散らかされた漫画や雑誌の類、着たのか直してあるのかわからない洋服などが歓迎してくれたのを見て、見事に僕の勝手な思いこみだと知らされた。それと同時に、あいつが僕の家にくる度に、慌てて部屋の掃除をしていた自分に後悔した。
ただ、少しあいつの生活を垣間見たような気がしておもしろかった。
僕とあいつが会わなかった一年の間、僕は大学生、あいつは予備校生をしていた。同じ予備校に通う別の友達から話は聞いていたけれど、部屋に転がっていたわけのわからない参考書が、本当に浪人生をしていたことを感じさせた。
「本当、ご無沙汰だったよな。一年ぶりだぞ。」
「えっ、俺らそんなに会ってなかった?」
「会ってねぇよ、去年は一回も!」
僕に対して、あいつはあんまり一年の空白感がなかったようだ。
最後にあいつと会ったのは卒業式の日だった。僕達は写真を一枚だけとり、大した別れもせずに帰った。
それはまるで、明日もまた会うんじゃないの?というような、あっさりとした別れ方だった。
あいつが浪人中、その立場を考慮して、メールのやりとりをする・・・などということも僕は極力避け、自分から一切あいつにメールを送らなかった。
予備校では主席だとかなんだと、人づてから話は聞いていたけれど、自分からは会いにも行かなかった。
―だって、会っても
“何を話せばいいのか”
“なんて声をかければいいのか”
わからないから。
毎日学校で顔を会わせていた時は、全然意識してなかったのに、本当に変な話だ。
ただ、僕が推薦入試でさっさと大学が決定した時から、あいつに対してかなり気を使うようになった。
休み時間もできるだけ僕は違う友達といるようにした。あいつもあいつで違う友達といた。
僕はあいつに対してあからさまに意図的にとった行動であるが、向こうはわからなかった。弁当は一緒に食べていたが、終始彼は参考書だったり、誰とメールしてるんだか知らないが、携帯に目が行っていたため、会話が一切ないまま昼休みが終わることも会った。
それを見ていた友達の一人が僕に言った。
「お前さ、最近あいつと全然喋らないじゃん。それでも飯は一緒に食ってるだろ?何かあったのか?何でそんなに気使ってまで一緒にいるんだよ。イライラしねぇ?」
その時色々と頭の中で考えていたが、なんとなく思ったのは、
何かあいつが気になるから
ということだった。
別に僕が危ない方向に走っているというわけではない。
ただ、『難しい奴』と思う時はあるけれど、何とも言えない良さがあったのは確かだったのだ。
基本的に僕とあいつの性格は反対だ。
気まぐれなあいつに振り回されて、何度イライラしたかはわからない。ただ、それがすごい苦痛だったとか、嫌でたまらなかったのか・・・・?
といわれると、そういう訳ではない。
どこか憎めないところがあいつには、あった。
自分にないものをたくさん持っていて、ちょっとした一言や仕草に、言葉では言えない良さがあった。
僕にとってあいつはなんだかんだ言っても、どこか「いーやつ」であり、どことなく「うらやましいやつ」だった。
とは言ってもそれは一年以上も前のこと。
今目の前にいる僕の話に大笑いするこの男を見て、何か思うところはあるかと聞かれると、全く何も思わない。思いもしない。
「なぜこんなに物思いにふけていたのか」という後悔に一人で苛まれていた。もっと、違うことを考えるのに夢中になればよかった気さえする。
ただ、会わなかった一年があいつに対するどことなくもやもやする気持ちを、うまく蒸発させていったのかもしれない。
だからそれをあいつに「絶対気づかれるもんか」と思う。
そして、「気づかないで」とも思う。
でも、やっぱりあいつは「気づかない」と思う。
だって僕らはいつでも反対だから。
別れ際あいつの今後を聞いた。
来週はN県で合宿、その後はK市で遠征だという。
僕はあいつのそんな言葉を聞いて思った。
あいつがだんだんと「東京の人」になっているんだなぁ、ということを。
「じゃぁまた、夏休みにでも。」
「おう、またな。」
簡単であっけらかんと僕達はまた別れた。
「またね」の「また」はそんなに簡単に来るのかな?
帰りのバスの中で、しばらく僕は「またな」の三文字を頭の中で転がしていた。
作品名:たかが友達に会うだけで 作家名:おのはら 綾央