【未完結】学校の怪談
くすくすっ、
「…?」
「どうしたの蛍ちゃん」
職員室にて監視カメラの映像を見終え正門に異常がない事を確認すると、四人は職員室から廊下へと出た。
しばらく歩いてから、蛍が立ち止まり首をかしげた。不思議そうなその顔に他の三人も立ち止まり同じように首をかしげる。
薄暗い廊下に何かの影が写ることはなく、ただ静かに黒く長く横たわっていた。ところが、ぱたぱたと静かなはずの廊下から音がする。音だけならまだしも、聞こえてくるのはそれだけでなく小さな、本当に小さな笑い声もある。メリーさんとは少し違った、本当に幼い少年のような声だ。
「なんか、小さい子の声が、ね…」
とは言うものの、こんな時間にこの暗い校舎に幼い子供がいるとは思えない。しかし、幸樹が何かを見つけたらしい。小さく息を呑むような声が聞こえた。
「…………いた、けど…………」
指をさす。その先には、壁からひょこりと飛び出た子供の顔があった。だが、その高さがおかしい。普通どんなに背の高い学生でも届かないであろう、曲がり角の一番上の部分から顔が飛び出ているのだ。
おかしさはそれだけではない、その少年、どう見ても生きているような顔ではなかった。真っ青な顔色、うっすらと歪んだ口元、本来ならばとてもかわいらしい顔であろうそれは、今はただただ恐怖心を煽るだけだ。
しかし、その恐怖心から逃れて好奇心をむき出しにした人間がいた。
夏乃だ。
「トートトトトトト…」
「ニワトリか」
「チッチッチッチ…」
「猫か」
まずニワトリを呼ぶときのあの声を、そして猫を呼ぶときのあの声を発しながら手を動かす夏乃の頭を幸樹がはたいた。
痛いじゃん!と文句を言う夏乃を再びたたく幸樹、そんな二人をため息をつきながら見つめる蛍と冬耶。廊下から飛び出た首をよそに漫才のような動きをする四人を、少年の首は可笑しそうに笑いながら見ていた。
ふいに、その首が下に下りてきた。
『僕、お姉ちゃんたちのこと知ってるよ』
普通の四、五歳くらいの子供の頭の位置に下りてきた首がそう言った。子供特有の高い声で。その顔は先ほど見たときよりも遥かに血色がよく、愛らしい顔つきだった。四人はその子供に目を向け、微妙に恐る恐るといった体でそれぞれ警戒するような構えをとる。
廊下から出てきたその子供は、白い着物を身に着けていた。
『花子さんと一緒にね、お姉ちゃんたちのこと見てたの』
花子さん?四人が同時に首をかしげた。
とことこと近づいてくるその少年にわずかに警戒の色を見せつつも、その場から離れようとはしなかった。本能的にこの少年が自分たちに害を及ぼすものではないと悟ったからだろうか。
笑顔のまま近づいてくるその様子に、まず夏乃が警戒を解いた。
「花子さんって?」
『トイレの花子さんだよ』
その言葉に空気が固まる。
しかし、その少年が何の警戒もなくその場に立ち止まって笑っていることに、ほんのわずかに空気が緩む。次に警戒を解いたのは蛍と冬耶だった。
「じゃあ…やっぱり君も妖怪?」
少しずつ近づきながら冬耶が問いかけた。幸樹が静止するように手を出すが、それには目もくれずに女子三人が少年に近づく。
こくりと頷いて、少年はまた笑った。
『皆には、座敷童子って呼ばれてるよ』
その言葉を聞いた夏乃が冬耶のほうへと目線を送る。しばらく黙っていた冬耶が、一度目を閉じてゆっくりと息を吸い込み口を開いた。
「座敷童子。小さな子供の容姿をしている家神。地域によってはオマモリサマ、オザシキサマと呼ばれこの妖怪が家に訪れるとその家は栄えるが出て行くと没落する」
ふぅ、と息をつく。一息に言い切ると目を開いた。満足そうに頷く夏乃に、微妙に苦笑いを浮かべる蛍。いつの間にか近寄って来ていた幸樹が驚いたように冬耶を見る。ぱちぱちと嬉しそうに拍手をしながら少年(座敷童子:仮)が笑う。歩く妖怪大辞典のごとくすらすらと言い切った冬耶は、一仕事終えたように満足げに笑った。
『ねぇお姉ちゃんたち、お家に帰りたいんでしょ?じゃあ、花子さんに会いに行こうよ』
思い出したとでも言うようにあ、と声を上げてから座敷童子は言った。この学校の花子さんは、味方だとも。信用してもいいのか迷う風の四人だったが、今現在家に帰る手立てはない。それならば藁にも縋ろうと、こくりと頷いた。
四話 了
作品名:【未完結】学校の怪談 作家名:里海いなみ