素直な男のタネ
「聞いてくれ、聞いてくれ」
「なんだい、僕は重要なことで悩んでいるんだよ」
「パンと白飯のどちらでもいいじゃないか。君はいつも几帳面すぎるぞ。いっそ両方の真ん中を合わせてうどんとかいいぞ。俺はここ一週間はうどんだ。香川人だからね」
「朝からうどんか……で、なんだい? くだらない用なら出ていってくれ。あ、君の離婚騒ぎやらはもう聞きあきたからね」
「う、……冷たいこというな。俺の親友だろう。心の親友よ」
「なった覚えはないが、大学からの腐れ縁だ。聞いてやろう。よし、今日はパンに白飯を挟めるか。うん。これなら二つとも食べられる」
「……君の選択はいつもながら可笑しいと思うが、まぁそれは横に置いておこう。聞いてくれ、聞いてくれ!」
「そこからはじめるのかい? で、なんだい」
目の前に差し出されたのは黒いハナクソのような大きな丸い種だ。その種に「理想の女性が育ちます」というあやしげな殴り書きがはられている。
「……君、まさか、離婚騒動にとうとう頭がいかれて、こんなものに手を出したのかい」
思わず両手をあわせて合掌。
「ちょ、待てよ。これはな……けど、本物だと売り手のじじいは口にしていたんだぞ」
「詐欺師が、いちいち嘘を嘘と馬鹿正直にいうかい。詐欺師は嘘をつくのが仕事だよ」
「あ、そっか」
「君、その素直さで、奥さんにも浮気のことをいっちゃったんだよね。そろそろ学習したまえよ?」
「う、……しかし、これは土に埋めて祈りを欠かさなければ自分の理想の女性が生まれるものだというんだよ」
「へー」パンと白米のサンドイッチにかぶりつきつつ僕は応じた。
「反応が薄いな」
「騙された友のことを考えて、神妙な反応をしてやっているんだ。これも優しさだぜ。君……で、その理想ってなんだい」
「そりゃあ、おっぱいが大きくて、腰は細くって、美人で、気立てはよくって、なにしても怒らない、菩薩様のような大和撫子さ」
「ほぉほぉ」米とパン、この組み合わせは中々だ。
「君、反応が薄いな」
「まぁ、騙されたと思ってやってみるがいい。理想の女性ね」
「か、必ず、理想の相手を生み出してやるからね。君の庭を借りるぞ」
「おい、ちょ……ああ、もう好きにしたまえ。僕は世話は一切しないぞ」
望むところだと、友人は言うと勝手に種を庭に埋めると、はんにゃらーとかかなり発音も言葉も曖昧なお経を唱え始めた。まぁ気は心か。
それから毎日、適当なお経を上げは続いた。
種は祈りが通じたのか、お経がよかったのか一日目に芽が出て、二日目に若葉が、三日目には伸びに伸びて庭いっぱいに広がり、四日目には真っ赤な花を咲かせ、五日目の朝には大きな実をつけていた。それも人一人分の大きさだ。
六日目の朝。とうとう大きな実にひびがはいった。
「おお、理想の女性が」
実から出てきたのは、僕も知っている人物の顔――彼の細君が飛び出してきたのだ。
「あなたぁ!」
そして驚くほどのタイミングで、本物の彼の細君が僕の玄関からやってきた。常に玄関から面倒事はくるのだ。
「なんですか、二百万も降ろしてあって!」
「あなたぁ! 二百万もおろしたってなんですか!」
種から生まれた細君も吼える。
なんと、同一人物な本物と種から生まれた細君は目を見ただけで意気投合してしまったらしい。
僕は二人の妻にしかられて額から脂汗をたらたらと垂らして縮こまる友人を見ていた。
確かに、友人は大変なる素直者のようだ。