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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(shouko)



行人さんが居なくなって10日ほど経つ。この間、ずっと蛇が出てくる夢を見つづけているのだけれど、最近は少し様子が違ってきた。
その『蛇』の意識はすでに『私』で、闇の中、かすかな光にきらめく鱗を蠢かしながら、最近の食物事情について嘆き、そして新しい食物について期待していた。もう彼のことは過去になっている。
…いやだ。今までこんなパターンはなかったのに。一瞬でも、たとえ夢の中でも鵺野先生をそんなふうに食べ物として見てしまった自分に、そして餌として、機が熟すのを待っている夢の中の自分に……起き抜けに、少し吐いた。

相変わらず、鵺野先生は面白い。そして優しい。リビングのテーブルには、先生が持ってきてくれた鯛焼きと私が入れたお茶が、それぞれの前にある。渡すときに安上がりなものですみませんと何度も恐縮する姿は、本人に言ったら怒られそうだけど、何だかとても可愛かった。そう言えば、彼は四つ年下だそうだ。
向かい合ってのティータイム。彼の深く、濃い、光の加減で赤く見える瞳…。どうしてだか、そのきらめきにうっとりとしてしまう。直視はしてないつもりだけど、気が付けば目で追っている。
鵺野先生は、すこし居心地の悪そうな、きまりの悪いような落ち着かない感じで「あの、そういえばその…行人さんの、写真とかないんですか? どんな人だか見てみたいなぁ、なんて」と切り出した。そういえば、まだ彼の写真さえ見せていない。探して欲しいと言っておいて、肝心なものを…。うかつにもほどがある。
「ちょっと待っててくださいね。たしかここに……」
濃い桃色(オペラピンク)の表紙に黒い台紙のアルバムを、リビングのサイドボードから抜き出した。
「……あら?」
今年の四月に花見をして写真を撮った。桜の花がとても綺麗で、写真を撮られるのが苦手な私でさえも花吹雪の中に立つ姿を何枚も撮って貰うほどだった。
現像から返ってきた写真を、お気に入りのアルバムに貼ったのは…あれから半年しか過ぎてない。あの時に側にいた人が、今はいない。すこし悲しくなったが、その気持ちを抑えてアルバムを開く。このアルバムで間違いないという確認のための所作。予兆など…覚えることはなく。
「……ない……」
これはどうしたこと、どういうことなのだろう。このアルバムに貼ったとき、写真の中には彼が居た。私もいた。薄桃色に染まる空をバックに、白い枝垂桜に寄り添い、珍しい緑色をした花の枝に指を差しのべて。適当に人を捕まえて、ツーショットまで撮って貰ったはずの、何枚もの写真。
それなのに写っていたのは、桜だけ。正確には私と彼以外の観光客は映っていた。つまり、私と彼だけが消えてしまっていた。消されていたのだ。
「どうしたんですか?」
開いたアルバムを手にしたまま立ちすくむ私の側に、鵺野先生が立つ。「巴(ともえ)さん?」その声で、ようやく視線を上げ、斜め前に立つ彼にアルバムを震える手で差し出した。
「先生……」
受け取った先生がアルバムを捲る姿を視界の端にとらえながら、体の震えがとまることはなかった。ふと思いついて、さっき抜いた隣のアルバムも出して開いてみる。…やはり写っているのは、残っているのは、風景だけだった。
なんなの、これは。私はアルバムを持ったままその場にくずおれてしまう。とても立ってなどいられない。
「薔子(しようこ)さん!」
温かい手。私の肩を掴む、大きな手。服を通して伝わる触覚と熱量。――そして、私の名前を呼ぶ声。現実味がない中でそれだけが現実(リアル)だった。
「しっかりしてください、俺が……分りますか?」
しゃがみ込んだ私にあわせて膝を突き、横から抱き支えてくれる。そうとう混乱して見えたのだろう、私の正気を確かめるように少し強く肩をつかんで揺する。
「ああ……ええ、だい…じょうぶ、です」
二冊目のその濃い赤のアルバムは、クリスマスから正月以降に撮った写真を貼ったものだった。電飾の煌めき、キャンドルの炎、雪が積もった教会、そして初詣の人いきれ――どれをみても、とてもキレイに撮れている景色、そう、ただそれだけだった。私たちの姿だけがない。
その前は…そのもっと前は……? どうしていない。彼のように、私もいつか消えてしまう? 嫌だ。そんなのは、そんなのは嫌。鵺野先生、貴方と離れるのは嫌。今この時に、かすかな息づかいが聞こえるくらい近くにいる人。溺れる者のように縋り付く手を、邪険に振り払ったりせずにそっと握り締めてくれる人。
でもその左手は、厭。その手に触れられていると、その手を見ていると、まるで頭や体の中をすっかり触られるような凄く嫌な感じがする。けれどもう一方の、このどうしようもなく蕩かすような安堵感を、私は手放すわけにはいかない。
「鵺野、先生」
「はい」
「あの…今夜は、帰らないで、いてくれませんか」
「――は?」
「泊まっていって、いただけないでしょうか」
「と、泊まるって…! そそその、そういった事には、ここ心の準備というものがですねっっ」
鵺野先生の激しい動揺っぷりに、やっと自分の発言内容に気付く。私は、なんて――なんて恥ずかしいことを。
「ご、御免なさい私――! ただ見張っていてもらえたらなって思っただけで、その、そんなつもりじゃ」
「あ、ははは、そそそーですよね! 済みません、俺の方こそ早とちりしてしまって…」
安心したような彼の声音に、なぜだか私は少し傷ついた。
(ああ、私は――)
出会ってまだほんの僅かだというのに。そして出会った瞬間から感じていたのに、たった今確信した。
(私は、…私、鵺野先生の事が好き)
どうしよう。行人さんの事があるのに。今までこんな気持ちになったことなんてない。いいえ、彼に次いで二人目だ。どうしよう、ものすごく――欲しい。貴方に触れたい、触れて欲しい。またたく間に脳裡をよぎった、はしたない妄想に顔が赤くなっているのが分かる。こんな状況だから錯覚しているだけかもしれない。行人さんを失って空いた心のすき間を埋めるため。たまたま側にいたから。そうだとしてもせめて行人さんの事が落ち着くまで…。ああ、何なのだろうか。思い出そうとすればするほど、彼の事を思い出せない。記憶が霞んで薄れていく。あんなにも好きだった人なのに。
私以外の人達の記憶から唐突に消えて、そして今また私の記憶からも消えていこうとしている。もう、彼が存在した証明は、私の記憶だけだというのに。あれから10日も経っていない。なのになんて薄情か。
薄情?
ふと、今まではどうだったかしらと思い立つ。今までは…別れがはっきりしていたから、相手のことなど気にも留めなかった。程なく新しい恋人が現れるから思い出さずに過ごしてきた。思い出す必要がなかったから。だから自分は引きずらない性格なんだと思っていた。
でも、よく考えてみたらおかしくはない? だって別れた後は『つき合っていた』という事実だけを残して思い出らしいものは一つもないのだから。――なぜ? 今まで不思議にも思わなかったけど、どうして私はこんなにも忘れてしまえる? どうして3年も付き合っていた行人さんを、なぜ、何故こんな簡単に。