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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(tamamo)



記憶には一切残っていないようだ。《彼女》が喰らった人間の存在が、根こそぎ消えてしまったのと同じように。
記録から記憶にと情報の性質が変わったことによって、大蛇にとっては排除すべきものになったのかもしれない。第三者という立場だからこそ分かる、彼らのそれぞれに寄せる想い。思いやり。…ああ、妬ましくも健気なやりとり。「嫉妬」というものを、今、言葉としてではなく感じている。

いつのまにか手にしていた薄い銀盤の中身は、他人の情事をのぞき見たビデオのような印象だった。全てではないが双方の感情、想い、やり取りが記録されていた。
凍てつく冬に春を冀(こいねが)うような、灼熱の大地に雨を求めるような、傷ついて、しかしそれさえも甘いと感ずる…そんな心。
大蛇の本体が彼と彼に関する疑似餌の記憶を奪い、そしてこの鱗に、ディスクに移動させて私に託したのは、他ならぬ枝葉の感情に少しは引きずられたせいだろう。
託された私は色んな事柄を話す事もできずに、だが怪しまれないために、嘘をついた。
どうせ「存在しなかった」記憶なのだ。これくらいの記憶の改竄(うそ)は許容範囲だろう。
ただ、軽い寝息を立てて眠っている彼を見ていると、例えようもなく苦しい。
鵺野先生が望まないことだと理解していたから、奴を見逃した。そもそも原始に近い年経る蛇だ。私のような、たかだか400年やそこらの若輩者にどうこうできる存在ではない。
それでも。
……それでも、彼がその蛇に蹂躙されたのは、紛れもない事実。いつものように自分を省みず、無条件に注ぐ憐れみとやらにより身を任せる姿が脳裏にちらつく。そうまでして、あなたは。だから、こんな…。
思い出すたびに、胸の裡が黒くざわめく。
《 悠長なことをしているから、横から攫われるのだ。 》
冷静な、妖狐として至極当然の反応をするもう一人の私が嗤った。
《 何をためらっていた? まだ、ためらっているのか?…欲しいのならば、奪えばいい。いままでそうして生きてきたはずではないか。誰も、何も恐れるものなどない天狐・玉藻よ。 》
そうではない。違う。今までのような獲物…とは、思っていない。
《 ほう、だれかのお下がりは嫌か。 》
嫌ではない。嫌ではないが、…悔しい。そうだ、口惜しい、確かに先を越されてくやしくて堪らない。
《 口惜しいのか。ならば、その思いのままに奪えばいい。先を越されて悔しくて、暴走してしまうほどにお前が欲しいと。得意の手管で、口説いてみればいい――。》
内なる声に導かれるように彼の眠るベッドに近づいた。
再構築される蛇の夢。あの人を抱く細い指が私の指になり、あでやかに笑う唇は、私の唇に。
そうして抱き締めて背中から腰へ愛撫する。首をすくめ、背中を反らすあの人の喉元に食らいつき、膝を割って……。
口惜しい。そうだ、私がそうしたかった。唇を吸い、肌を合わせ、足を絡めて。
今からでも遅くはない、そう…今からでも。
覆いかぶさるように腕を突いて身を乗り出し、寝顔に指を這わそうかという瞬間、その目がぱちりと開いた。
「ぅわ! びっくりしたー。ちょー目の前だもんなぁ……どーしたー?」
「……いえ、…あまり静かに寝ているから、ちゃんと呼吸をしているか、と」
まさか寝込みを襲おうとしていたとは言えず、その場を繕うためとっさに嘘をつく。すると彼はまったく邪気のない笑みで「してるさ。生きてるんだから、ちゃんと」と、事もなげに言った。
そうだ。今、彼は生きている。下手をすればあのまま、私の(私すら!)全くあずかり知らぬところで死んで(殺されて)しまって、そしてその存在ごとすべてが蛇の腹に呑まれるところだったのだ。あの女が彼を生かした。…あれが『愛』か。あれこそが『愛』というものなのか。
かすかな嫉妬と感嘆、そして気付いた事実に、発火寸前の獣の欲がすっと消えた。
「な、何すんだ? なに、ちょっ、え、どどどーした?」
前触れもなくがばりと掛布団をめくりあげて彼の隣に潜り込む私に、彼はうろたえて上擦った声を出す。
「……眠いんです。夕べはだれかさんのお世話で、ろくに寝ていないんです」
「あ、あー…そりゃ、悪いことしたな…じゃあ俺は」
「いいですから、このままで。…私と寝るのは嫌ですか。それとも、私がいると意識して眠れないとか」
「意識なんか、するか!」
「じゃあ眠ってください、……私も寝ますから」
眠いだなんてもちろん嘘で、ただ寝具に潜り込むための口実だった。なのに横になった途端、ゆるやかな眠気が訪れた。なんとも心地よい眠気を誘う霊気に安らぐ。自分で思う以上に私は心身共に消耗していたらしい。目を閉じて静かに呼吸を繰り返していると、彼は小さな溜め息の後に身じろぎをして、私に背を向けた格好でやがて規則的な寝息を立て始めた。
今は、これでいい、もうしばらくは、このままで。
深い眠りを確かめてから、そっと背中により沿い、わずかに引き攣れた傷を気遣いつつ腰に手を回す。

…今だけ、は。
そっと彼の項に顔を埋める。うすく汗ばんだ皮膚の湿りが心地いい。
今だけは、夢のかけらで我慢しよう。

[終]