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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(nueno)



気がついたら、知らない天井を見上げていた。ここは、どこ。俺は――
「気がつきましたか」
どこかで聞いたような声が何処からともなく聞こえる。だれだろう。低く、頭蓋に沁みるような心地良さを憶える声音。なんだかひどく、安心する声。
「鵺野先生」
――この声は、…誰。なんだか記憶が混濁しているみたいだ。飲み過ぎたかな、と一瞬思い、だけど飲んだという記憶はない…と思うけど。でも、そう言いきれる自信がない。誰の家とも分からぬ場所で目が覚めてしまったからには。
「鵺野先生? 大丈夫ですか?」
声の方向に少し頭を動かすと、淡い金色に縁取られた白い顔があった。…あれ。なんか見覚えがあるような。二、三度まばたきを繰り返してもう一度見る。ともすれば女のように見える白い顔。琥珀色の瞳、力強い鼻筋と、皮肉めいた笑みをかたどる口許――
「玉藻!? な、おま、なんで…なんでここにッ!?……っ痛(て)ぇ」
跳ね起きようとして、体のあちこちから上がる悲鳴に再び横たわる。
玉藻。俺の力の源を知りたいとこの町に居ついた妖狐。教生を終わったらいつの間にか医者になってて、今じゃすっかり旧知の友のような関係だ。それにしたっても、起き抜けにお目に掛かるなんて有り得ない。このシチュエーションは、正直心臓に悪い。玉藻はいつもの皮肉混じりの笑みを浮かべてのぞき込み、
「……ずいぶんなご挨拶ですねぇ。昨晩、酔っぱらった挙げ句に素っ裸で道路に寝ていた貴方を介抱して差し上げたこの私に」
よっぱらったあげくにすっぱだかでどうろにねていた…
「……………はあ? なんだそれ! 酔っぱらった――って、ちょっとまて裸ぁ? パンツもなしで? …なんで!?」
「酔っぱらいの行動学なんて知りませんよ、私に聞かれても困ります。でも事実なんですから」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
いくら酔っぱらったからって、全裸になるなんて…!(裸踊りに興じた挙げ句、パンツ一丁というのは十分あり得るが)しかもよりによって妖狐に、この男に拾われたなんて!…嗚呼、鵺野鳴介、一生の不覚!!
玉藻はそんな俺を見て溜め息みたいに薄く笑うと、「ついでに言うならば、ここは私の住む、ごく普通のマンションです。あまり騒がないで下さいね」そう言い置いて部屋を出て行った。
そうか、ここは奴の部屋…寝室なのか。くそ、良いところに住んでやがる。眠るためだけの部屋が存在すること自体、すでに贅沢。ベッド脇の引き出しがついてるテーブルや、その上のスタンドも、いかにも上品でお高い感じ。なんか通販カタログとかに載ってそうだよな。…通販って発想が既に貧相な気がするくらいだ。
この布団…多分ダウン100%とかだし、シーツだって枕だってきれいで柔らかでいい匂いで…。頬に触れる心地良い清潔な布の感触に、贅沢を羨む気持ちは薄れていつまでも微睡んでいたいような気持ちになる。それにしても……なんでこんなに、マラソンの後みたいに精根尽き果てた感じなんだろう。だが聞こえてきた微かな食器の音に条件反射で目が開く。
頑張って腕を突いて上体を少し起こす。玉藻は俺の方をちらりと見ると、「まだ寝てなさい」と熱ではしゃぐ子供をたしなめるように言い、運んできた木製の四角いお盆をサイドテーブルに置いた。内側を花柄のタイルで装飾されたお盆の上、真っ白のお皿には真っ白なお粥が湯気を立てていた。白いれんげと、赤茶色の大きく柔らかそうな梅干が添えられてて、傍らには七分目に氷水の入ったタンブラー。梅干を目にした途端に口の中は唾液でいっぱいになり、猛烈な食欲が胃袋を襲う。
「とりあえず、これを食べてください」
「えと…………とりあえ…ず?」
「ご安心を。土鍋一杯に作ってますから」
薄い皿にお玉一杯分あるかどうか、という粥を前に不安を覚えたが、玉藻は物欲しげな俺の言葉にも軽い笑みで応じた。そして「起こしますよ」と声を掛けて、手慣れた風に覆いかぶさるように腕を回す。余計な世話を、と思ったが、本当にどういう訳か自力では上半身を起こすのも億劫で、身を任せるしかなかった。背中が落ち着くように、大きな枕をあてがわれてようやく体勢が整った。
少し大きいパジャマの上からカーディガンを肩に掛けられる。
お盆の底から折りたたみの足を引き出し、小さなテーブルのようにして俺の腰のあたりに置く。レンゲを持たせて、食べるように促した。ここまでは至れり尽くせりの名医だが、さすがに「あーんして」は無しの方向だ。うん、あれは白衣の天使(可愛いコなら尚のこと良し)に限る。男は却下。
「ゆっくり、急がないで…胃がからっぽですからね」
…泥酔した挙げ句ぜんぶ吐いたのか。再び自己嫌悪に打ちひしがれつつ、緩慢な動作でれんげを口許に運ぶ。
旨い。梅干の酸味と塩の甘さを感じながら粥を啜りこむ。玉藻はそれを三口分ほど確認してから部屋を出て行き、そして新たなお盆を手に戻って来た。土鍋と林檎と布巾の上の果物ナイフ。まるで風邪引いて母親に看病される子供になったみたいだ。
ベッド脇のスツールに腰掛け、濡れた紅いリンゴを手に取るなりさっくりと半分に、それをさらに半分に俎板など使わずカットしていく。次々と芯の部分を除いていくのを器用なもんだと横目で見ながら粥を啜る。
「あ……」
素晴らしい速さで皮が剥かれているのを見たとき、つい、声を出すと、奴は「何か?」と手の動きをピタリと止めて、少しいぶかしげな顔で小首を傾げる。
「あー…、その、なんだ。……できれば1きれ、ウサギさんにしてくれないか?」
「ウサギさん?」
「出来ないなら……いや、わからんのなら、いい」
分かる分らない以前に、大の大人が『ウサギさん』リンゴってどうよ。しまったと思っても後の祭り。
「……ウサギさん、ね」
若干呆れたように呟くと、4分の1のリンゴをさらに半分に切り、素早く包丁を立てて細工していく。
「はい」
レンゲの上に、少し細身で紅く耳の尖ったウサギがちょんと載った。
「おおー、ウサギさんだー」
思わずこぼした歓声に、「どうしてウサギなんですか?」不思議そうな、どこかしら腑に落ちないような顔で聞いた。
「いや、子どもの頃を思い出したんでさ……むかし風邪で寝込んだとき、やっぱり梅干が乗ったお粥と、ウサギの形したリンゴを食べたんだ」
リンゴの赤がひどく鮮明な昔の記憶。食べたいのに喉を通らないのが悔しくて泣いて、結局はすり下ろしてもらったっけ。顔もおぼろな母親に駄々をこねた幼い自分を思い出す。
「そう、ですか……」
そっけないなあ。いや、その反応はいつも通り。冷笑されないだけマシなんだけど…なんかヘンだ。
「おまえ…マジでなんかヘンだぞ。腹の具合でも悪いのか?」
思ったままを口にすると「あなたに言われたくはないですね」と減らず口が返ってきた。いつも通りの反応だ。だけど、…気のせいか? 泣きそうな顔してる、ように見える…けどこいつが泣くわけないし。あとは――何かに腹を立てているような? ああ、うん、確かに腹は立てているだろう。見るも無様な酔っぱらいの世話をさせられて。手や腕や、髪の毛からもいつものと違う石鹸だかシャンプーだかの香りがする。意識のない人間の体を洗うなんて、ものすごい重労働のはずなのになんでここまでしてくれるんだろう。