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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(nueno)



ここ数日は、互いに都合がつかず、会えなかった。
久しぶりに見た薔子さんは、心なしかすこし痩せた…というかやつれた感じがする。
「食事や睡眠は、ちゃんとなさっているんですか? 医者じゃない俺が言うのもなんですけど、一度見て貰った方がいいんじゃ」
その事には無言で首を横に振る。
「以前、蛇の夢を見ることがあるって…覚えています?」
「はい。恋人と別れたときに必ず見るって」
「…実は、ずっとなんです。いつもは、別れたあとにせいぜい一回なのに、今回はずっと見続けています」
「ずっと?……って、ずっと、ですか?」
「ええ、今日で…2週間になります」
思いもよらなかった返事に、俺は言葉を失う。憔悴ぎみの理由が判る気がする。普通、眠れば大抵の人は夢を見る。ただ起きたときにそれを覚えているかいないかの違いが『夢を見る頻度』。なのに、同じモチーフ(適当な言葉が他に思いつかないので、こう表現する)で、しかも連続で夢を見る。普通ではない、と思う。心配で夜も眠れないといった風なのに、眠れば夢に出て来る。しかも決して良い夢ではない。一度専門の医者に診てもらった方がいいかも知れない。
「『別れましょう』って言って別れた訳じゃないから、だから…だと思うんです」
疲れた顔に、それでも薄らと微笑みを乗せて彼女は言う。
「何だか…『忘れるな』と、言われている感じで」
死霊・生霊・精霊・神仏、そして妖怪。
夜毎の夢にしか訴えることができない存在。…それは、危険、だ。そんなの、普通の人間にできることではない。
「確かに…彼のことを、少しずつ忘れていってるから、わたし」
「忘れてしまえばいい」と言うのは容易い。
でも、周りから何と言われても自分でもどうしようもない事だってある。たとえば、人を恋しく思うようなものや、逆に深く激しく恨むようなものなんかは。
どうしたらいい? わからない。俺は、どうしたらいいのだろう 。
しばらくはテーブルを挟んでいつものようにお茶を飲んだりしていたが、やはり具合が悪そうなので、改めて病院に行くように強く言い含めて、早めに帰ることにした。

蛇の夢、か。
蛇の夢というと、桜井奈絵という少女の件を思い出す。あの時、夜な夜な蛇の夢に苦しめられていた少女の事例は、結局彼女の守護霊である母の霊が、彼女に迫る危険を知らせるためのメッセージだった。
その事からも分かるように、ちまたに溢れているその手の本は、正しくもあり間違いでもある。夢というのは本一冊にまとめられるほど簡単なものじゃない。
蛇…か。
個人的に、蛇は、嫌いだ。大切な大事な恩師を死なせてしまった記憶を刺激するから。
まあ、小さなトカゲやシマヘビなんかは別にいい。
けれど特に大きな奴は、よくニシキヘビとかを首にかけて写真を撮るとかいう、ああいった映像を見ると、ほんの一瞬だけれど我を忘れそうになる。憎しみを実際の蛇にぶつけることはしなかったが、積極的に触れようとはしなかった。
教師になってから少しは慣れた(都会っ子にしては腕白な子供たちは、よく蛇を捕まえては見せに来るのだ)。けれど。やはり好きにはなれない。その蛇には何の罪科もありはしない。あるのは、ただ意固地なまでにこだわる自分の心。
今までも、これからも。きっとあの人とは依頼という言葉でしか繋がれないのかもしれない。それでも『地獄先生』としてではなく、個人的に、鵺野鳴介としてあなたを助けたいと思い始めている。
――俺は、あなたを。
どうしたらいいのだろう。出会ってから間もない人を好きになるのに、理由は要るのだろうか。答えは否、だ。長い時をかけて愛を育むこともあれば、一瞬で火が点くことだってある。……幸せに、なっても構わないだろうか。その資格はあるだろうか。この俺に。
ほのかな街灯のともる夜空を見上げて、一段と増した冷え込みに木枯しに消えたあの子のことを思う。
新しい道へ生きていくための一歩を、君は許してくれるか?…たった二ヶ月足らずで心を変えてしまう俺を。
昼間よりは幾分涼しい風の吹く空はなにも答えはしない。依頼人である彼女と、そういう関係になってはいけないと言うもう一人の俺に、ふと、ゆきめのことを「妖怪だから」と言って遠ざけていた過去を思い出す。
(こんなところまで、似ているなんて)
俺はあの別れの時、君を愛していると言った。その言葉に嘘偽りはない。いや、なかったつもりだったけれど……今、君ではない一人の女性を、君のときと同じように、もしかしたらそれ以上に愛している、かもしれない。
奇しくも、彼女も愛する人を失っている。彼女も俺も、とてもよく似ている。この想いは似たもの同士が傷を舐め合うようなものなのだろうか。…違うと、思う。違うと思いたい。いいや、傷の舐め合いでも構わない。
こう思う俺は卑怯か? …卑怯だよな。君が居ない淋しさを。君が居ない孤独を。胸の中に空いた穴を吹き抜ける虚しい風を、彼女と居ると感じない。けれど君が消えてしまった時のような儚さを、いつ何時、目の前から消え失せてしまうか分らないような、そんなあやうさを感じる。
だから、気になるのかも知れない。
「なあ、ゆきめ君。…幸せになっても、いいか、な」
許してくれるだろうか。人は強い、けれど弱い生き物なのだから。

「もう、いいです」
さしたる収穫のないまま、時間だけが流れていって、もうすぐ一ヶ月になろうかというころ。
別れ際、唐突にそう告げられた。なんのことだろうかと首をひねっていると「もう調査はおわりにしてください」と言葉が続いた。
「一体どういう事ですか? もういいって…一ヶ月も調べてきたのに、どうして」
「だからです。もう一ヶ月も経ちましたし、諦めます。もう、こんなに探してもなんの跡形も形跡もつかめないなんて、やっぱりおかしいです。…変なのはこの世界か、私か。もしかしたら、…本当に私の妄想だったのかも知れない」
「その程度だったんですか、居なくなった彼への想いは。そんな程度じゃないはずでしょう? 違うでしょう、違うはずだ、だって他の誰もが忘れた存在を覚えている、それは生半可なものじゃないはずだ。それはきっと何か運命(うんめい)のような」
どうして俺は、俺の…ただの片恋にここまで入れ込んでいるのか解らない。何かよく分からないが、高ぶる感情のままにそう熱く言うと、くすりと小さく笑う声。
「どうして笑うんですか」
人が一生懸命話しているのに笑うなんて…少なからず気分を害したので少し刺々しくなってしまう。
「…ごめんなさい、だって先生ったら佳恵と…私の後輩のコと、まるで同じ事を言うんですもの」
「後輩の、コ?」
「ほら…お話ししましたよね? 最初に社員データを調べて貰った彼女。あの子もそんな事を言ってました。それは愛だ、運命だ…って」
「薔子さん」
笑ってしまったことを反省するように、彼女は急にだまって俯いた。
「ご免なさい、正直に言います。本当は、…終わりたくない。でもそれは彼のためではなく、私のため。…私、私…あなたが好きです、鵺野先生。たったひと月でと思われるでしょうけど、好きになってしまった。…ごめんなさい、鳴介さん」