ぐらん・ぎにょーる
勝気な顔と、ハスキーボイス。彼女の素性は余り知られてない、性悪執事によると、その昔はどこぞのいいとこのお嬢さんだったらしい。しかしながら、現在は家族は一人も残っていないと云う話である。どうやら不幸があったらしいと、たまたま酔っ払ったついでに飲み友達の方向音痴の警部が聞いたと云う話がまことしやかにいわれているがあえて問いただした人物はいない。
向かいの301号室には、立ち入り禁止の封印が何重にもされている。封印の隙間から覗いた貴重な証言では、内部にはバレリーナの姿をしたトルソーで一杯と言う。時折、夜中になると笑い声とステップを踏む音が聞こえると云う。
(あん・どう・とろあ)
(あん・どう・とろあ)
『四階』
四階は謎。謎、謎、謎。東洋の謎と神秘で一杯。
一階には、四階の一号室と二号室の郵便ポストが設えてあるが、階段からも、昇降機からも四階に行く術はない。何故行けないのか、どうなっているのか知っているものは少ないと言う。
『五階』
五階には、量り硝子に木製の古風なドア。曇り硝子には『清廉潔白探偵事務所』と言う銀色の文字が躍っている。そう、ここは探偵事務所。小悪魔と性悪の執事に白面のお仕着せの女中がてぐすね引いてまっております。『清廉潔白探偵事務所』は、世にも珍しい怪奇事件専門の探偵事務所である。警視庁猟奇課の素行不良の警部が入り浸っていると言う話もあるが定かではない。探偵事務所と共有のフラットには、とある主従が住んでいる。主従は傍から見ると親子のような友人のような恋人のような不思議な関係に見える。ある者に言わせれば二人は主従ごっこをしているだけにすぎないと言う。理由を聞くと、その人は昔、日女竜衛と言う名前の人物が何処かで子供をかどわかして紫の上を育てるが如く『完璧な主人』を育てたと言う噂を聞いた事がありますと周囲を憚りながら低い声で言った。一体全体、『完璧な主人』とは何ぞや。謎は解けそうもない。
オテル・エトランジュとは、こういうところ。
作品名:ぐらん・ぎにょーる 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙