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ツカノアラシ@万恒河沙
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ぐらん・ぎにょーる

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あーるのばんさん




これは、どこかで起こったお話。
めいんでぃっしゅ、めいんでぃっしゅ、今日のめいんでぃっしゅは、何かしら。
今日は月に一度のお食事会。真っ白な食堂室には、細くて長い食卓を置いて、真っ白なクロスを掛けて、銀の燭台と真っ赤な薔薇を飾ろう。食堂の窓から見える濃紺のお空には真ん丸お月様。お腹はペコペコ。テーブルの上に置かれた大きくて真っ白なお皿は、目を覆いたくなるくらいにピカピカ。お皿の端っこには、付け合わせの温野菜がちょこなんと乗っています。こんがり焼けた大きななお肉に、ヌクマヌを隠し味に入れたスペシャルなソースをかけた僕らの美味しいスペシャリテ。
待っています、待っています、めいんでぃっしゅを待っています。早く来ないか、めいんでぃっしゅ。餌を吊り下げて、めいんでぃっしゅがひっかかるのを待っています。お皿の端っこをフォークとナイフでカンカン叩きながら待っています。僕らは『めーし、めーし』と声を合わせて歌いながら、めいんでぃっしゅを待っています。さあさあ、早く、早く、いらしませ、めいんでぃっしゅ、いまなら感謝感激熱烈大歓迎です。
ここは、とある場所。煉瓦でできた建物の前には、男が二人物欲しそうな顔をして立っていた。名前は……とりあえず仮に名前を佐藤と塩野にしておこう。彼等は決して自慢する気はないが、人殺しさえ朝飯前の名うての悪党だった。ある時は山に埋めたり、またある時はコンクリート詰めにしてどこかの海に沈めたり。人には言えないような、並外れた経験を積んでいた。因みに今日の二人は、強盗をするつもりだった。彼らにしては、とてもおとなしい手段の上に赤子をひねる位簡単な仕事なのは言うまでもない。(仕事と言ってしまって、いいのか悪いのかは別として)
昨夜、ふらりと立ち寄った酒場での意気投合した女の話によれば、この建物の住人は並外れた宝石コレクターとのこと。しかも、今日いる住人はどこぞの良家の子供と、そのお付きの優男と、美女のメイドが二人しかいないと言う。女の話では他にも何人か住み込みの人間がいるらしいが、今日は留守とのこと。恐れるに足らずと言うのは、こういう状況の事を言うのだろう。
二人は、輝かしい結果をわくわくしながら煉瓦造りの建物に近づく。入り口を避けて、建物の横へ。そこには、すっかり錆び付いた外階段があった。二人はいまにも崩れそうな鉄製の階段を昇る。昇る。怖い。昇る。金のためならと割り切る。昇る。
最上階には、階段と同じくらい錆び付いた扉があった。佐藤が試しにノブを回すと、あっけなく開く。まるで、誰かを待っていたかのように。しかし、二人はすっかり宝石に目がくらんで、おかしいとも何とも感じない。
扉の向こうは、真っ白な部屋だった。部屋の中心には、白い細長いテーブル。テーブルの上には、赤い屋根のドールハウスが無造作に置かれていた。二人は、ドールハウスの前を通り過ぎようとするが、ドールハウスの中から音がするのに気がついて足を止める。
ドールハウスは、二つの階段室を含めて8部屋。上から子供部屋、寝室、書斎、風呂場、台所に、そして食堂室。その食堂室から、音は出ていた。
真っ白な食堂室の食卓の前には、真っ赤な目を持つ白兎と黒兎が燕尾服を着て座っていた。首にはナプキンを巻いている。腰には大きくて良く切れそうな鋏を帯同していた。どうやら、二羽は食事を待っているらしい。そして、二羽はぎこちない動作で食卓の上の大きな白いお皿を手に持つフォークとナイフを交互に皿の縁を叩いていた。キンキン、キンキンと割れんばかりの金属と陶器がぶつかる音が響き渡る。
「めーし、めーし、めーし」
「めーし、めーし、めーし」
白兎はキイキイ声で、黒兎はハスキーな声で、声を揃えて言っていた。なかなか良くできたおもちゃである。佐藤と塩野は顔を合わせて、何だか悪いものでも食べたかのような顔をする。初めて、何かしら感じたらしい。しかし、口の中で宝石宝石と呪文のように唱えて、ドールハウスを見なかった事にした。なかなか、現実的で潔い事である。
二人は少し不気味に思いながら、ドールハウスを離れ、次の扉を開ける。そこは、黒々とした闇が支配する廊下だった。どこかで、カチコチカチコチ時計の音がする。まるでどこかのお屋敷のような雰囲気に二人は内心でにんまり笑う。この様子だと、噂に違わず素晴らしいものがあるに違いない。廊下の所々には、燭台を模した灯りが光り、二人の行き先を案内するかのようだった。
まるでヘンゼルとグレーテルのお菓子の家。
音を立てないように、二人は廊下を進む。ぬき足、さし足、しのび足。廊下の先のT字路には、柱時計。柱時計は低い金属音で三回音を鳴らす。草木も眠る丑三つ時。ほのかな灯りの下で、酒場で手にいれた地図を確認する。廊下のT字路を、右に曲がった先の扉が目的の場所らしい。
よくよく考えると、だいたい酒場で意気投合したくらいでお互い見知らぬ同士で簡単においしい話を教えてもらえるのかとか、何故男は地図を所有していたのか等、つっこみどころ満載だが、どうやら両人とも自己中心的でポジティブなおめでたい頭をしているらしい。ああ、素晴らしき事哉。ご都合主義。T字路を曲がると目的の扉。ノブを回すとこちらもあっさりと回る。
ゆっくりと扉を開けると、室内からポンポンポンと言う音と色とりどりのテープが飛び回った。目に入るのは、『いらしませ、泥棒さん』と書かれた横断幕と書斎の奥の重厚な机の後ろには、にこにこしている人物が座っていた。黒い男物の和服に、黒い髪、杏型の碧の目をした美少女のような顔を持つ華奢で小柄な人物。隣にはかしこまった整った顔をした若い男が立っている。二人の手には、先ほどの音の主のクラッカーが鎮座していた。どうやら、二人を待ち受けていたらしい。無論、こんな事は予期していなかった佐藤と塩野は、驚いたままその場に固まったのはいうまでもない。
不幸のはじまりは、首を傾げたくなるほどおかしな状況からはじまる。
「ようこそ、いらっしゃいました」
部屋の主の、恐ろしく落ち着いた上にのんびりとした声に、佐藤と塩野は自分達の目的を思い出した。慌てて、ジャンバーの内側から各々ナイフと拳銃を取り出す。そして、今まで何人もの人間を恐怖のどん底に陥れた事がある自慢のドスの効いた声で脅しの言葉を吐く。
しかし、佐藤と塩野の思惑とは違い、部屋の主とその従者は顔色ひとつ変えなかった。悲しすぎるのも程がある。いと、あわれ。それどころか、気がつくと二人は書斎のソファに座り、仲良くお茶を飲んでいるていたらく。もう、二人とも何が何だか解らなかったどこかで何か騙されているに違いない。因みに、巽と部屋の主から紹介された執事が用意したケーキとお茶はとてもおいしかったそうである。
そして、佐藤と塩野は部屋の主を変わり者で惚けた人物と踏んで、何気なく宝石のコレクションの話を出してみた。素晴らしいものと聞いているので、少しだけでも是非見せてほしい。盗むのは諦めたからなどど、心にもないことを言う。