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ツカノアラシ@万恒河沙
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ぐらん・ぎにょーる

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ひとくいのかがみ




深夜に私の家に訪れた謎の配達人は下を向いたまま、無言でななしの差出人からの贈り物を差し出した。

ななしの差出人から贈り物がきた。その日は非常に疲れていて、いつになく恐ろしく寝ぼけていた。いつもならば差出人を確かめてから荷物を解くのに、その時に限って何故か差出人を確認せずに開けてしまうと言う間違いまで犯してしまう。大きくて平たい桐で作られた箱の中からは、鏡が一枚現れた。鏡の縁に苦悶するような化け物のレリーフが彫られた鏡は、底意地の悪いくらい不気味だった。あまりに不気味なので、そういう事に詳しい友人の聖玲のところへ持って行くことにした。
ここは、『清廉潔白探偵事務所』。警視庁猟奇課警部である凡庸、甘党、被害妄想と三拍子揃った神田川一生氏は、早朝から煉瓦造りのレトロな5階建てのビルの5階の銀色のペンキで『清廉潔白探偵事務所』書かれた硝子が嵌った木製の扉の前に大きな包みを持って立っていた。扉を開けると、神田川をこれまた古色蒼然としたビルに相応しい古風なお仕着せを着た村雨と松風と言う名前の美人メイドさんがぎこちない笑みを浮かべながら出迎えてくれる。彼女らは恐るべき美女ではあるが、異常に顔色が悪く少し無表情なのが難であった。
神田川は、通常の依頼人は滅多には通される事はない探偵のご自慢の本の森と化している書斎に二人の女中さんの先導で案内される。そして神田川は一見すると人のよさそうな優男に見える性悪執事が用意したお茶とお菓子を戴きながら、ここの主である探偵のお出ましを待っていた。探偵は、朝が滅法弱いのである。もしかして、真夜中に散歩でもしているのだろうか。しかし、朝が弱く身の回りの世話を焼く者がいなければ日常生活が送れないほど生活能力に欠ける探偵なんて、あまり実社会では役に立たないような気がするのは気のせいだろうか。因みに、ここの探偵は正体不明ではあるが、優雅に生活できるだけの資産があるらしく、気に入った猟奇怪奇な依頼しか受け付けてくれないと言う注文の多い困ったさんである。神田川は森の中で迷子になったことから、この人物と知り合いになり、現在に至っていた。
出会いは誰も行かないような森の中の牢獄のような屋敷。
そして、書斎の主の聖玲のご登場。男物の黒い和服に羽織を羽織った華奢で小柄な姿が螺旋階段の上に現れた。烏の濡れ羽色の黒髪の下から覗く吊り気味の杏型の大きな目に、ぽってりとした紅を差したかのように朱い唇。まるで人形のような端整な顔を持つ探偵は階段の上から神田川を見て花がほころぶようににっこりと笑った。どうやら、今日は『少年探偵』らしい。探偵は、執事の趣味で、ある時は『少女探偵』だったり、またある時は『少年探偵』だったりする。神田川は、未だにこの人物の正確な年齢と性別を知らない。ただし、本人が言うにはこんな事をするのには理由があるそうだが、如何せん言っている人物が非常に信用ならない人物なだけにまともな理由ではあるまいとは神田川はにらんでいる。おそらくたぶん、神田川は間違っていないだろう。
そして、その慇懃無礼な態度と少々性質の悪い性格から周囲から小悪魔と称される探偵はその可憐な姿に似つかわしくない、今にもラヴェルのボレロ終結部が流れてきそうな位に威風堂々な態度で、背後に畏まった執事を従えて優雅な動作で階段を下りてきた。これで、両側から悪魔がファンファーレでも鳴らせば、ゴシックなホラーの舞台装置としては完璧だろう。
探偵は書斎の自分の椅子に座ると、今すぐにでもどこかの舞台にに出演することができそうな位に完璧な執事ぶりの巽がスクランブルエッグとベーコンが載った皿と、紅茶とクロワッサンをマホガニー製の机に置く。どうやら、探偵の朝食らしい。非常に優雅な生活で羨ましい限りである。
「それで何で、そんな鏡を持っているんですか」
神田川の手元を玲は片眉を引き上げ目た上に猫のように細めていかにも胡散臭い表情をしながら見た。胡散臭げな表情ではあるが、頬に手を沿え唇には面白そうな笑みを浮かべている。どことなく、非常に楽しそうだった。神田川の手元には、人の頭程の大きさの鏡がある。鏡は縁に苦悶したガーゴイルを彫ったような凝った飾りがついていて、いかにも玲が好きそうな物であった。
「昨日の夜、見知らぬななしの差出人から贈られてきた。何か見えるのか、君」
神田川は恐る恐る尋ねた。玲は人には見えない何かが見えると言う話である。『少年探偵』は一体全体、鏡に何を見たのだろうか。その実、神田川はあまり聞きたくはないのだが、ここで聞いて置かないと後で後悔しそうだった。多分、いや絶対に死ぬほど後悔するだろう。
「うーん、警部。ソレ飾るのは、警部の勝手ですけど。たぶん、喰われますよ」
玲は花が綻ぶかのような笑みをその端整な顔に浮かべて言った。右手で持った金地に薄紫色の藤が描かれた扇で鏡を指し示す。見た者をうっとりさせずにいられない笑みとは裏腹な物騒な台詞だった。神田川は玲の台詞に首をきっかり45度傾げて少し慄きながら問い返す。口の端がぴくぴくと軽く痙攣していたのは、言うまでもない。
「く、喰われる??」
「そう、喰われますよ。まぁ、命がけで美人のお化けと快楽の限りを尽くして寝たいっていうなら僕は止めやしませんけど。体が持つのは五日間位かな。ねぇ、巽」
玲は口元を扇で隠しながら、椅子にかじりつきながら慄いている神田川を面白そうに見ながら傍らに畏まって控える性悪執事巽に同意を求めた。くすくすと唇から漏れる笑い声。神田川の反応と鏡が楽しくて仕方ないらしい。困ったものである。
「玲様の仰る通りかと存じます。神田川様、五日間お楽しみになれば、残りの人生お捨てになさると言う事でございましたら鏡を飾られるとよろしいかと」
白い背広を着た人の良さそうに見える優男がおっとりとした口調で主人に同意する。一見すると彼は口調も表情もとても優しげに見えるが何気に更に酷い事を言っているような気もしないでもない。本当に血も涙もない人たちである。神田川の口から乾いた笑いが空しく漏れた。自分を哀れみたくなる位、おもちゃにされている気分である。
「たぶん、楽しめるのは初日か二日目くらいじゃないか。あとは衰弱する一方だし」
「蟷螂が一度の逢瀬で頭からバリバリと食べられてしまう事を考えると幾分マシかもしれませんよ」
主従はにこにこ笑いながら更に神田川に畳み掛ける。ただし、全くと言って良いほど神田川を心配するような台詞は出てこなかった。しかもどこかピントのズレた台詞である。示し合わせたかのように困った主従であった。まぁ、だいたい今までの台詞を見ればこの二人にまともな対応を求める方が間違っているに違いない。
「……何気に二人とも酷い事言ってないか、ソレ。しかもにこにこ笑って言う台詞じゃないぞ」