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貴方に捧げる恋の歌

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「♪~~」
「……」

耳障りな鼻歌が風に乗って耳へと届く。二人ひと組で回る週番。やることは大して多いわけではないが面倒な作業がいくつかあるのは誰だって知っている事実だ。相手によっては面倒事が増える週番だが、まさしく今まさにその状況に俺は立っている。窓の戸締りを確認し、終礼時に集めたノートを数え名簿のチェックをして最後の日誌に取り掛かっている。それまで何をするでもなくぐだぐだと過ごしていた俺の"相手"は日誌を書くでもなくただ歌を歌っていた。出席番号順で回る週番の相手は1年変わることはない。この時ばかりは【佐藤】であることを呪った。そうでなければ、こいつ―鈴木とペアを組むこともなかった。

「♪♪~~」

気持ち良さそうに空気に溶け込むような歌声は幾度となく聞かされた鈴木の歌声だ。つい先日買ったmp3プレイヤーにも鈴木の歌がいくつかインポートされている。何度聞いても飽きないその歌声だったが、今の状況では二度と聞きたくない歌ベスト5にランクインしそうだ。

「…うっさい」
「あ?」

思わず声に出して非難すると、それまで奏でられていた歌が止まり代わりにのんきな顔がゆっくりとこちらを振り返った。ぱちくりと瞬きを繰り返してふっと落とすように笑う。人の気も知らずにのんきな雰囲気に胸が高鳴るどころか苛立ちが勝って思わず眉間に皺を寄せた。

「うっせーって言ってんだよ」
「いい曲だろ?」
「知らん」

冷たく突き放すが気にする様子もなく、聞いて聞いてとくすくす笑いながら鈴木はこちらに向かって手招きをした。まるで魔女が子どもを誘い込むかのような笑顔に一層眉間の皺を深く刻み込む。何を考えているのか、いや何か良からぬことを考えているのだろう。悪戯っぽく浮かび上がる笑みはただ不安を冗長させるだけだ。だが鈴木は近づくまでは何もしないと云わんばかりにじっと笑みを浮かべて待っている。ここで従っては負けるようで気分が悪い。けれどこのまま何もせずに不気味な笑みを浮かべられているよりはマシだろう。仕方なく日誌を書いていたシャーペンを置いてため息を吐いて鈴木に向き直った。嬉しそうにまたこいつは笑った。

「で?くだらねーこと言うなよ?」
「まーまー」
「…おい、俺の気は長くねえからな」

焦らしおいてこれか。判断を誤ったなと半ば呆れながら鈴木を睨み付けると、短気はいけないなぁなんてまたのんきな言葉が耳に届いた。一度殴っていいか。いやいっそ殴らせろ。思わずこぶしを握り締めるたくなる衝動に駆られた。そんな様子を悟ったのか、鈴木が良く聞けよとワントーン低い声で呟いた。

「俺が作ったんだって」
「はぁ?」

頬杖をしたまま机からずり落ちそうになる体のバランスを必死に整えて鈴木を見つめる。へへっと自慢げに笑う顔はびしっと親指を俺の目の前に突き立て、まるで褒めて欲しくて仕方ない子どものようだ。

「新作!」
「あーそう」
「何だよその薄い反応!」
「んなことしてっからこの前のテスト最悪だったんだよ、馬鹿」
「テストは関係ねーよ」

万年赤点が何を言うか。ばしりと日誌で頭を叩くといてーよ、と俺を非難する声が聞こえたが事実なのだから仕方がない。だが、文句を言い出すとしばらく止まらない鈴木は冷たいだのまじめすぎるだの、しまいには愛が足りないだのとのたまった。そろそろ耳が耐えられなくなり、大きくため息を吐いて鈴木を睨み付けた。

「…俺は頭の悪い奴と付き合わないことにしてんだ」
「……ごめんなさい、勉強します」

鈴木は日誌の上に手を突いて俺に頭を下げた。連れ立つようになったしばらく経つが、こいつのこういった素直さにはいまだに慣れないでいる。ただ単に、俺がひねくれているからなのかもしれない。けれど、鈴木の真っ直ぐな性格は誰から見ても好感の持てるものだった。成績が悪くても教師から一目置かれているのもそのせいだろう。真面目さがとりえの俺にとってはそんな鈴木は時折眩しく思えた。

「おらっ!日誌書けねーだろ!どけ!」

内心の動揺に気づかれないようにばちりと鈴木の頭を叩く。なんだよ!とまた悲鳴のような声を上げてすっと体を離していった。そこで生まれた自然な距離にほっと安堵しながら再び日誌に視線を落とす。すると小さく呟くように鈴木が口を開いた。

「つめてーなー。…せっかくお前のために作った歌なのに」
「は?」
「最高傑作」

じっと俺を見つめる瞳が驚くほど澄んでいて今度こそ心臓がどくりと脈を打った。やばい。確実にやばい。悟られないよう必死に平静を保つが何の言葉も出せそうになかった。

「……きしょい」

何とか絞り出した声届くか届かないか判断に困るほど小さく掠れていた。まだ、言葉が喉の奥に張り付いているような奇妙な感覚に囚われる。もやもやと肺の奥、胸の中核辺りに霧がかかっているような感覚だった。

「うっわ、ひで!」
「いーからお前は窓の鍵でも閉めて来い!」

靄を断ち切るようにしっしと手を振って鈴木を遠ざけると、小さく深呼吸をする。これ以上かき乱されては堪らない。何とかして自分のペースを戻そうと小さな深呼吸を繰り返す。教室には繰り返される呼吸音だけが響いていた。ようやく落ち着いたところで閉じかかっていた瞼を開くと、少し歩いたところで立ち止まったままの鈴木の瞳がこちらを見ていた。俺の視線に気づいて、ふっと鈴木が笑う。

「佐藤、顔赤い」
「!!」
「ったくかーわいいなー」
「てめっ!」

聞き捨てならない言葉にがたりと立ち上がる。椅子が倒れたような音がしたがそんなことに構っている余裕はない。そんな余裕のない俺から視線をそらさずに、笑いながらまた近くへとやってきた。覗き込むようにしてじっと見つめる瞳に俺の姿が映っている。ああ、顔が赤いななんて自覚してしまっては救いようがない。

「学年トップのクールな佐藤君が真っ赤になるとこなんてなかなか見られないよなー」

嬉しそうに笑いながら鈴木の指が頬、唇を伝い顎をとらえる。振り払らおうと手を挙げるが、挙げた手を捕らえられてしまいどうすることもできなくなってしまった。体格はほぼ変わらず、体力測定もほぼ変わらないはずだが、鈴木の力は思いの外強く逃れることができない。

「離せ!」
「やーだ」

ふっと鈴木の瞼が下りる。黙っていれば端正な顔が徐々に近づいて小さな音を立てて唇に生暖かい感触が訪れた。すぐに離れていったそれは、次に目にしたときには笑みの弧を描いていた。

「今度俺のライブ来て。今の曲歌ってやるから」

まるでバラードを奏でるような声音にぶわっと全身に震えが走った。違う、断じて違う。これは鳥肌だ。そうに違いない。自分に言い聞かせるように呟くが、頬の熱がそれを許してはくれなかった。

「佐藤?」

ああもう。
そろそろ諦め時なのかもしれない。
作品名:貴方に捧げる恋の歌 作家名:高埜