SPLASH(サンプル)
「あー…生き返る……」
祖父の代から続いている「さくま電機」は地域密着型の電気店である。お得意様はもちろん初見のお客の問い合わせにも丁寧に対応することで地域の住民に愛されてきた。だから雪が吹きすさぶような冬の日でも、照りつけるような日差しの中でも、電話があればすぐに飛んでいく。まだまだ父も祖父も健在だが、年齢はもとより若い者は現場で仕事を学ぶが二人の持論であるがために、外回りは佐久間の仕事であった。そのことに不満を感じることはないが、さすがにこの暑さは辟易するものがある。汗を吸い取って身体に張り付くシャツの感触にはいつまでたっても慣れることはできない。
代えのシャツに着替えようと店の奥、家屋に続いている戸を開けようと手を伸ばした瞬間、ジーンズの後ろポケットに入れていた携帯が震えだした。この時間、店の電話でなく携帯に直接電話をするような輩は数えるほどしかいない。
(またか…)
汗ばんだ前髪を掻きあげて一息吐く。鳴り止む気配を持たぬその振動は、相手がこちらの都合を全く考えていないことを告げているようだ。ゆっくりと携帯を開き液晶に点滅している名を目にして佐久間は再びため息を吐いた。
「何の用…」
《佐久間さーん!また壊れちゃった!なんかよくわかんないけど何かが点滅してる!これって故障のサインだよね!》
電話に出るなり大声を上げたのは店の常連でもある藤森トオルもとい藤森弘次郎だった。
「……藤森、耳元ででけぇ声出すな」
《だって暑いんだよ!?我慢できないって~》
キャンキャンと子犬の鳴き声のように耳元で喚かれ思わず眉間に皺を寄せる。何が点滅しているのか、エアコンの症状を尋ねようにも相手はどうにかしてと懇願するばかりだ。
「あーもう。わかった。今行くからとりあえず窓開けて風通し良くしとけ。水も飲め。熱中症になんかなるんじゃねぇぞ」
《はーい!待ってまーす!》
荒々しく通話を切り店の前に止めっぱなしだった車に乗り込む。ほんの十分ほど放置していただけだったが、車内は座っているだけで汗が滲むほど熱がこもっていた。
「ったく、いちいち呼び出しやがって…」
悪態を吐く言葉はどこか優しさを帯びていた。カーナビの電源を入れずに慣れたよう道を進んでいく。こうして藤森の家に行くのは初めてではない。記憶しているだけでもすでに両手を超えていた。ほとんどがコンセントが入っていないだの電池が切れているだのくだらない原因での呼び出しだった。確認してから連絡しろと何度言っても藤森の態度が変わることはなかった。嫌ならば行かなければいいと頭では分かっている。分かっているが勝手に足が藤森の家に向かっているのも事実だ。
作品名:SPLASH(サンプル) 作家名:高埜