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拾われたもの

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 僕の頭を一撫でして、人間は走り出す。
どこ? どこに僕を連れて行くの? ねぇ、僕を……捨てない、の? そんな疑問が、僕の脳裏に思い浮かぶ。しかし、人間は僕を離さない。
途中、僕も雨に濡れたけど、寒いなんて感じなかった。この優しい人間の腕の中は、雨に濡れた程度じゃ寒くならないくらい暖かかった。
 結局、この人間が連れて行ってくれた場所は動物病院だったけど、そこでも、僕の足は治らないと言われた。最悪、足を切断して義足をつけるのも手だと言われていたが、僕には何のことだか分からなかった。人間も、それは考えさせてくれと言って、また僕を抱き上げ、その病院を後にした。
 そして、驚いたことに人間は僕を抱きしめたまま、家に帰った。家族と思われるほかの人間は、最初、僕の足を見て驚いていたけど、しかし、「今日からここがあなたの家よ」と、優しく向かいいれてくれた。
 その日、僕は生みの親の飼い主に捨てられ、新しい飼い主の手に渡った。ここは、僕の知らない暖かさで、包まれていた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 ふと、目を覚ます。
 しまった、昼寝をしてしまっていたようだ。もうすぐ、良介が帰ってくる。出迎えなければ。
 それにしても、懐かしい夢を見た。僕が、まだ子犬だった頃。良助に拾われた、あの日の夢。……あれから、もう五年も経つのか。
 あの日、僕を拾ってくれた人間の名前は嘉山良助という男だった。そして、僕を連れて帰った日、良助は僕に名前をくれた。
『良太』
 それが僕の名前だ。良介の一字を取って、僕に付けてくれた。
 チャリチャリと、聞きなれた鈴の音が聞こえ始めた。良介が、帰ってきたようだ。
 僕は玄関まで、歩いていく。
 結局、あれから良介がお母さんやお父さん、そして弟の慶介と話し合った結果、僕の足は切断された。元々、血が通うようにできていなかった僕の足をそのままにしておくことは、足がだんだんと腐り始め、その足の付け根から菌が繁殖して僕のためにも良くないらしい。だから、今の僕の後ろ右足は義足というものが付けられている。この義足のおかげで、僕は思うように歩けるようになった。
「たっだいま~、良太ぁ~」
 良介は今、大学というところに通っているらしい。毎日不定期に家を出ては、早くに帰ってくる日もあれば、皆が寝静まった夜中に帰ってくることもある。
 僕は良介を出迎え、その荷物を受け取る。歯を立てないように口にくわえて、良介の部屋まで持っていくのが、僕の習慣になっている。
 慣れた足取りで、良介の後について階段を登る。十段くらい登れば、踊り場に出て、また十段ほど登る。良介の部屋は二階の隅。
「ほれ、入れ」
 良介が部屋の扉を開けて、僕を入れてくれる。
 中に入った僕は、すぐに良介の荷物を机の横に下ろしてベッドに上がる。すると良介が僕の隣に腰掛けて、寝転がった僕の足を撫でてくれた。
「今日は雨だからな……足、痛まねぇか?」
 そう言って僕の足と義足の付け根を優しく摩る良介の手は、外から帰ってきたばかりだから少し冷たかった。
 僕は、「平気だよ」と伝えたくて、鼻を鳴らす。
 伝わったのか、「そうか」と良介が笑ってくれた。
 良介が僕を拾ってくれたのが雨の日だったからか、それとも僕の足を切断して義足をつけたのが雨の日だったからなのか。それは僕にも分からないけど、この家にきてから、決まって雨の日は僕の足が痛む。
 ここに来たばかりの頃は、それが痛くて痛くて、我慢できなくて大声で泣き叫んでしまい、たくさん良介やみんなに迷惑をかけてしまった。
 それでも、良介はそんな僕を叱ることなくずっと傍にいてくれた。
 ずっと、僕の足を撫でてくれた。
『大丈夫だ、良太……』
そうやって、ずっと声を掛け続けてくれた。
 たまに良介がいない雨の日は、慶介が代わりにしてくれたこともあったけど、良介ほど優しい手つきではなかったな。
 今では、微かに痛む程度で泣き叫ぶことはなくなったけど、それでも良介はこうやって僕の足を撫でてくれる。
 良介の手が、とても優しくて……。
 気持ちよくて……。
 良介が帰ってくるまで昼寝をしていたというのに、僕の目は今にもくっつきそうなほどトロンとしている。
 だめだ……。すごく、眠い……。
 噛み殺すことの出来なかった欠伸を一つ。そして僕は、その場で丸くなった。
 いつもなら、この後良介の一日にあったことの話を聞いたり、晴れの日だったら散歩に出かけたりするのに。
 今日は、そのどれも出来そうに無いな。
「……良太?」
 少し驚いたような、心配しているような、そんな良介の声が聞こえた。
 それでも、僕は眠気に勝てなくて。
「良太」
 御免ね、良介。
 そう思いながらも、良介の声が心地よくて、僕は瞳をそっと閉じた。                       終
作品名:拾われたもの 作家名:ちょん