みちゆき
私と貴方の絆は永遠です。
私は世界に溶けて貴方を包む。
赤い糸を繋げたのはだれですか。
ずっとずっと。
世界がゆっくりと死んでいくまで。
貴方と出会ったのはそう…結構昔になりますね。私はまだちいさくて、硬く閉じていました。
大人がこわかった。
私を殴ったり蹴ったり自分の好きなように扱うから。
痛いと思う心も、怖いという心も、悲しいという心も、何もかもが私には無かった。
――喜びも。
かわいくないこどもでした。
でも貴方に出会いました。
金の髪をしていて、薄水色の瞳で、貴方はまるで王子様みたいだった。
何日も何も食べようとしない私に貴方は苦心してごはんを作ってくれました。
覚えています、あのホットケーキの味。涙で、ちょっとしょっぱかった。
初めて私が貴方のごはんを食べたとき、貴方は泣いていましたね。いい大人なのに、でも私は貴方が喜ぶならとそれからは好き嫌いせずに食べました。
いつも一緒にお風呂に入りました。私が大きくなってから貴方は困っていたけど、私はいつだって貴方と一緒にいたかったから。
夜は一緒に眠ります。貴方の少し低い体温とゆっくりとした心臓のリズム、それが私の揺り籠でした。
子守唄を歌ってくれましたね。貴方の故郷の歌。
私は笑うようになりました。
私は怒るようになりました。
私は泣くようになりました。
私は――喜ぶようになりました。
私は人間になりました、そうして大人になりました。
けれど。
貴方はあの日出会った姿のまま。
いいえ、少し痩せましたね。だって私は見たことがなかった。
貴方が食事をしている姿を。
「お腹が空いていませんか」
「いいえ」
貴方はいつもそう答える。
この人はもうずっと、「食事」を我慢していたのです。
「私を、食べる為に育てたのですか」
「いいえ」
哀しそうに笑って貴方は私の髪を撫でる。
少し痩せた指が悲しくて、私はこどものように泣きました。
ある日から、いくら食べても体重が減っていきました。貴方の作るごはんが食べられなくなって、悲しかった。
左足が腫れていました。とても痛くて、でも貴方を心配させたくないから黙っていた。
けれど貴方の手伝いをしているときに私は倒れて、病院に運ばれて、貴方は泣いていましたね。そんなに泣かれたら私まで悲しくなってしまいます。
私は貴方の陽だまりのような笑顔が好きなのに。
泣きながら私は貴方に怒られました。
「どうして!何故黙っていたのですか!」
「貴方を悲しませたくなかったから」
私の体はとてもとても痛い。
でも泣いている貴方を見ている方がとてもとても心が痛いです。
痛くて、苦しくて。
「私を、食べてください」
「いたくて、くるしいから」
「――たすけて」
泣いている貴方を見ていたくなかった私の我侭です。
貴方の絶望と悲しみがない交ぜになった表情を忘れません。
そうして貴方はすっかり貴方より痩せ細ってしまった私の喉に歯を立てました。
ぽろりと涙が零れました。
忘れない日々があった。
暖かい日常が確かにあった。
あの日私は貴方と共にいた。
そしてこれからはずっと貴方と共にいる。
私と貴方は永遠になりました。
私は血肉に溶けて貴方と共に。
赤い糸よりもっと深く。
ずっとずっと。
世界がゆっくりと死んでいくまで。