逆さまの太陽
太陽が逆さまだったので、私は黒いコートを着て家を出た。
捩れ曲がった梅の樹が植えられている私道をぽつぽつ歩いていると、目の8つある烏がやってきて私に声をかける。
「済みません、片袖をください」
特に断る理由もなかったので私はコートの片袖を破って烏の嘴にくわえさせてやった。
きっと3匹の子どもの餌にでもするのだろう。
今日は大切な用事がある。
私は道を急いだ。
踏み切りまでやってくると枯れ草の生えた地面に脈打つ肝臓が落ちていた。
この前は肺が落ちていた、持ち主は一体何をやっているのだろう。臓器がなければ不自由するのに。
特に肝臓は空腹時に食べるのに最適だから通常は体の中に仕舞っておくものだ。
私は屈んで取り出したナイフでその肝臓を切り分けた。
出てきたものは焼けた占札、青いビー球。知り合いの鯖猫の田中さんが羨ましそうにこちらを見ていたので「どうぞ、食べてもいいですよ」と誘ったらいそいそと寄ってきた。
「すまないね、このところどうも食欲が旺盛になって」
「良いことですね、田中さん。お腹のなかの子どもにもちゃんとたべさせてあげてください」
「そうするよ、お嬢ちゃんはどこに行くのかね」
切り分けた肝臓を舐めながら田中さんはそう尋ねてきた。
新鮮なので美味しいだろう。
「今日は週に1回頭を撃ち抜く日です」
「ああ、新しい脳髄と入れ替えておいで、いってらっしゃいお嬢ちゃん」
田中さんと別れて私は歩き出す。
焼けた占札と青いビー球はポケットに仕舞った。持ち主に会ったら渡しておこう。
道中で左半身の燃えた女と擦れ違った、女は恨めしそうに周囲を見渡している。嫉妬で身を焼いているのだろう、可哀想に。脳髄を定期的に入れ替えないとこういうことになるのだ。
私は真っ白に生きていたい。
ようやく水族館が見えてきた。
ここには良く来るのだが水槽に魚はいない、魚は頭の中にいるのだ。
広場で拳銃を配っている男から私はそれを受け取る。大口径のものだ、威力がなければ脳が零れ落ちてこない。
私は拳銃をこめかみに当てて引鉄を引いた。
暗転。
喝采。
スポットライトが私を照らす。
斯くして私は私になり、世界は変わる。
さて、今回はどんな世界を生きようか。