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人形形成第7要素

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   唄っておくれ、<シンギングバード>
       私の愛しい心無き小鳥


私は唄う。
小さな籠の中で、私の主が求めるままに。

私の主は優れた人形師だという。屋敷に来る客人は皆揃ってそう言い、主の作った人形を求めた。私は客間のキャビネットの上で何度も何度もそんな光景を見ている。
たまにやってくる私のきょうだい達も主を褒めそやす。


おとうさまは凄いのよ。
わたしは――ペセタの価値がついたわ。
あら、あたしはその倍よ。
わたしたちをそんなに価値のつくうつくしいものに作ってくださった。
お優しいし、素晴らしいご主人様を見つけてくださったの。
あなたは、どんなご主人様のところへ行くの?
ねえ、<シンギングバード>


私は黙っていた。
主以外に声を聴かせることは禁じられていたから。
主は私をいつも持ち歩く。
夜更けの寝室で螺子を巻かれながら、私は主に尋ねた。

「マスター、私はどんな人間のところへ行くのですか?」

主は困ったような笑いを漏らした。
螺子は背中にあるから、その表情は分からなかったけども。

「誰かに何かを言われたのかい?アマリア?カタリナ?皆お喋りでいけない。
 きみはね、私が自分の為に作ったのだから手放す気は無いよ」

螺子を巻き終えて、主は私の頭を撫ぜる。
つめたい指で頬をつつかれて、私はそっと籠に戻された。

「さあ、唄っておくれ<シンギングバード>
 私の許にヒュプノスが訪れるまで、その冷たい歌声で」

発条を弾かせて、歯車を廻らせて、
今日も私は唄う。


何時しか、主は人形を作るのを辞めた。
そうしてトランクに少しの荷物を詰めて、私を胸に抱いて主は旅に出た。

色々な場所へ行った。
私には心が無いから何も感じなかったけれど、私と主は色々なものを見た。
そして求められたときには何時も唄った。2人きりの深い森の中で、主の借りた宿で。
主は眠るまで私の唄を聴くことを殊更好んだ。
或る日主は「秘密の花畑を見つけたんだ」と言って私の頭に青い花を飾ってくれた。

「きみの輝く翡翠の羽根にはこの色がとても良く似合う」

優しい笑顔、でも私には心が無いのでただ調律された通りの感謝の言葉を口にした。
主は少し、悲しそうな顔をした。

「<シンギングバード>、まだ駄目なのか?
 きみに心は生まれないのか?
 私が最も愛したものに、私は愛されないのか?」

私には分からない。


100年が経った。
200年が経った。
私の翡翠の羽根もすっかり色褪せる頃、主はずっと眠るようになっていた。
昔は私の唄を聴きながら眠るまであんなに時間がかかったのに、1日の大半を眠って過ごす。
私も唄を求められる回数が減った。
そして主は一度眠ったら何日も目を覚まさなくなった。
そんな状態になってから何度目かの目覚め、主は私を連れて何度か訪れた事のある場所へ向かった。

そこは主が何時か私に送ってくれた青い花が咲いている花畑。
閉ざされた深い森が急に開けて、平地になったそこには色とりどりの花が咲き乱れている。そこだけ大きな樹が無いので、遮られること無く柔らかな陽光が降っていた。
主は私を膝に乗せて、花の絨毯の上に腰を下ろす。

「<シンギングバード>、今年も花は咲いているかい?
 私がきみに贈ったあの青い花が見えるかい?」

私は首を巡らせて主を見上げた。
その目はもはや只の硝子球だ。

「はい、とても綺麗に咲いています。
 マスターが私にくださった花も、赤や黄色や橙の花も。
 白い蝶がひらひらと飛んでいます」

私がそう答えると主は私を籠から出して満足そうに螺子を巻き始めた。

「美しいと思うかい、<シンギングバード>」

「はい、とても。
 また明日もここに来たいです」

なんだか鼻の奥がつんとする。
未来のことを言わなければ、何か大切なものを失ってしまうような気がして。

「すまない、もう連れてきてあげることはできないんだ」

「嫌です」

私は何を言っているのだろう。
主に逆らう言葉を口にするなんて、私は人形なのに。

「良かった
 有った
 きみに心は確かにあった」

指がもう上手く動かないのか何度も螺子を巻くのを失敗して、それでも主は螺子を巻き終えた。
心、これが心。
なんて痛くて重くて、そして喜びに満ち溢れているのだろう。

「さあ、唄っておくれ<シンギングバード>
 私の愛する今は心を手に入れた小鳥」

私は唄う。
もう籠は要らない。
新しい籠が有る、心と言う、愛と言う籠が。

「<シンギングバード>、傍にいてくれるかい?」

「はいマスター、それに、あなた以外の誰が私の螺子を巻いてくれるんです?」

私が意地悪を言うと、満足そうに笑って主は目を閉じた。
優しい眠りが訪れますようにと願いを込めて私は唄い続ける。
発条が止まるまで。


私は唄い続ける。


人形でありながら人形を作った人形師と
唄う小鳥の体は土に還らず
誰にも見つけることのできない花畑で
いつまでも眠り続ける



作品名:人形形成第7要素 作家名:九重 樒