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君という花

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二、《日氷ふたりぼっちお昼ごはん同盟》締結の祝杯は春の花の香り


 四時間目終了のチャイムとともに授業から解き放たれた生徒の波は、色とりどりのうねりとなって廊下を埋め尽くしていた。中でも一番混雑するのが食堂、そして購買部附近である。
「これは……出遅れましたかねえ」
 財布を握りしめた日本が、人の渦から少し離れたところで喧騒を眺めていた。戦場もかくやの食糧争奪戦、自他共に認めるインドア派の日本には、前線に突入する気はさらさらない。この人ごみに揉まれるくらいなら、昼抜きを選択する心意気である。
「日本?」
 こつ、と軽い足音が止まる。
「ああ、アイスくん」
 プラチナブロンドの後輩がこちらを見上げている。その腕には、通学用バッグとは別の、小さなナイロン製のものだ。弁当か何かを入れたサブバッグなのだろう。
「なにしてんの、こんなとこで」
「ええ、ちょっと戦意喪失を……」
「ああ」
 購買にたかる人の群れを見て、アイスランドもおおよそ理解したようである。「あ、そうだ」と、バッグから折りたたんだコピー用紙を取り出して、日本に手渡す。
「日本のところに寄って行こうと思ってたから、ちょうどよかった。マーカーで色つけてるのが僕が修正加えた部分だから、そっちでも確認してもらえる?」
 ふたりで作成していた、委員会の資料をコピーしたもののようだ。家に帰ってからか、はたまた授業中の内職で、資料の草案をチェックしていたらしい。
「分かりました」と日本が制服のポケットに紙片を仕舞うのを確認したアイスランドは、ずいっとサブバッグを突き出してくる。
「これも持ってて。日本、パンはいくつ食べる?」
 咄嗟に受け取って、困惑しながらも日本は答えた。なんだなんだ?
「ええと……二個、ですかね」
「分かった。お金は後でちょうだい」
「えっ」
 くるり、キレよくターンした彼女はひょいと振り返って、茫然とバッグを持ったまま当惑している日本に眉をひそめて忠告をくれた。
「もうちょっと食べたほうがいいんじゃない?」
「……善処します」
「もう、そればっかりだよね、君」
 アイスランドはスカートのポケットから出した小さな小銭入れを握りしめて、すたすたと人の渦の中に突入していった。小柄なアイスランドの姿はすぐに、他の生徒にまぎれて見えなくなってしまう。はらはらしながら見守る日本をよそに、アイスランドはすぐに戦利品を2つ抱えて戻ってきた。
「売れ残りしかなかったけど、無いよりはマシだよね」
「あ、ありがとうございます……!」
 つぶれかけたあんパンと焼きそばパンが日本の手に渡る。女の子に助けられるなんて、さすがに面目ない。もうちょっと鍛えた方がいいんだろうか。とりあえず食べる量を増やすところから始めるか?――腰の重い日本もさすがに本気で考えた。
 やれやれ、とアイスランドは手ぐしで髪を直している。もみくちゃにされた名残りらしい。それにしてもこの後輩、華奢なナリをして意外とたくましい。
「アイスくん、また何かお礼をさせてください」
「え、いいよ別に」
「不肖日本、受けた御恩は忘れません」と、冗談めかして言う。
 ちょうど今日は、自分で作った菓子を持ってきていたのだ。使い物にするつもりだったのだが、ちょうどいい。
「今回は、手前味噌ながらいい出来なんです。私の手づくりよろしければ」
「……それって、今持ってるの?」
「ええ。また帰りにでも」
 アイスランドはこれから自分の友達と昼食をとるのだろう。では、と自分の教室に戻りかけた日本は、くいっと腕を引かれて立ち止まる。アイスランドが日本の袖をつかんでいた。
「日本、お昼はひとり?」
「ええ」
 引きこもり体質は高校の構内でも変わらない。クラスの違うイタリアやドイツと共に昼食を摂る時はたまにあるが、基本的に日本はひとりで昼休みを過ごしている。
「一緒に食べる?僕もひとりだから」
「え、そうなんですか?」
「ついでに委員会の資料のことも確認しておきたいし」
 日本のクラスでも、たいていの女子が何人かのグループをつくって弁当を食べているのを見かけるけれど、ひとりで過ごす子だって日本が気づかないだけで、少数だろうがいるのだろう。むしろアイスランドの性格を考えれば、ひとりでいるというのも不思議なことではない。
「では、ご一緒に。教室へ戻って自分の荷物を持ってきますね」
「じゃあ、僕は先に外に行ってる。西校舎裏あたりで待ってるから」
 言うが早いか、アイスランドは日本の返事を待たずに背を向けた。

 二階にある自分の教室に戻って、飲み物やかばんを持って階段を下りる。昇降口で靴を履き替えて、日本は隣の校舎裏へと向かう。一年から三年までの教室が入っている東校舎と比べて、今の時間は使われていない特別教室や部活の部室が入っている西校舎付近は比較的、ひとの気配が薄い。なるほどアイスランドは熟知している。いつもこの辺りで昼休みを過ごしているのだろう。
 青葉の茂る樹の下のベンチにひとり、アイスランドが銀の髪を風に揺らしながら座っていた。ふわりと頬をくすぐる髪を、彼女は無造作に手でおさえて。――実に絵になる光景だった。
「お待たせしました」
「早かったね」
「廊下は早歩きできましたからね」
「風紀委員に目をつけられないようにだけはしなよね。あいつらうるさいから」
 おやまあ、と日本はひそかに目を見張る。彼女と風紀委員会の間になにかあったのだろうか。
 隣に座って、日本はもう一度彼女に礼を言ってからパンを食べた。隣のアイスランドは小さなランチボックスにつめたオープンサンドを食べている。ちんまりとした入れ物に、彩り豊かな野菜たっぷりのサンドウィッチである。
「……いいものですね」
「なにが?」
「いえ、たまに外で食べると、小学校時代の遠足みたいだなと思いまして」
 嘘ではない言葉でごまかした。本当は、アイスランドの方を見ていて、口からこぼれた言葉だった。
 女の子といると、やはり空気が華やぐ。この子もれっきとした女子だったんだなぁ、なんて言うのは失礼だけど。
「これからの季節は地獄だけどね」
「アイスくんは北国のひとですよね。夏季は、この土地ではつらいでしょう」
「まあね。でも学校は休むわけにもいかないし」
 ふう、と憂えた顔で彼女はため息をついて、ハムとチーズがのぞくベーグルにかじりついた。
 口数は多くないふたりだ。もくもくと黙って口だけを動かした。樹の梢からこぼれる木洩れ日に、時おり風が吹いて肌をなでていく。ペットボトルのお茶を飲んで、日本はひと心地ついた。
「では」と日本は、空いた菓子の箱に詰めた、手作りのデザートを取り出す。わずか、アイスランドの瞳が輝いた。
 行儀よく並ぶのは、日本が作った桜餅だ。
「桜餅って食べたことあるけど、僕が食べたのとはずいぶん形が全然違うんだ。もっと、薄いパンケーキみたいだった」
「ああ……桜餅は、西と東ではかなり違いがありますね。今回私が作ったのは、西の桜餅、道明寺と呼ばれる方なんです」
 つぶの残る餅であんをくるみ、大福みたいに丸く形を整えて、くるんと桜の葉でくるむ桜餅。いつもは冷やかに細められている彼女の眼は、今は興味津々というように、日本の持つ箱を覗き込んでくる。
「六つもあるけど、全部ひとりで食べる気だったの?」
作品名:君という花 作家名:美緒