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君という花

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一、日本さんの後輩のアイスくんとそのお兄様にまつわるエトセトラ


 窓から外を見ると、すっかり日が暮れていた。西の空はほんのわずかな茜色、辺りにはもう夜の気配に満ちていた。
「そろそろ切り上げましょうか、アイスランドくん」
「え、もうそんな時間?」
「ずっと集中していましたからね。もういい時間ですよ」
 ――そろそろお仕舞いにしましょう。
 黙々とペンを動かしていたアイスランドは、日本に言われて手を止める。壁の時計を確認した彼女は、菫色の瞳を大きく見開く。
 片付けをしながら、ああ綺麗だなぁ、と日本は思う。自分たちの人種にはない、宝石みたいな瞳を盗み見る。
 いつも気だるそうに伏せられがちなアイスランドの瞳の、美しい色、実は大きくてつぶらだということ――を、この学内のいったい何人の人間が、知っているのだろう。
 日本だって知らなかった。偶然、彼女と同じ委員になって、一緒に居残りをするまでは。
 意見をまとめて提出する書類の期限が迫っていた。多人数であたっても効率が悪いからと、書類作成は二人一組での持ち回りで行うと決まった。
 二年生の日本と一年生のアイスランド。くじびきで同じペアに振り分けられなければ、差し向かいで話をする機会もなかったであろうふたりだった。
「片づきましたか?」
「うん。鍵、返さなきゃいけないんだよね」
「帰りに警備員室へ寄っていきましょう」
 教室の戸締まりを確認して、鍵は日本が引き取る。静かな廊下に、ふたり分の足音だけが響く。
「すっかり遅くなってしまいましたねぇ」
「そうだね」
「……なにか?」
 ふと視線を感じると思ったら、アイスランドが横目に日本を見ている。首をかしげると、「前から聞きたいと思ってたんだけど、」と彼女は口を開く。
「それって癖?」
「それ、とは」
「敬語……っていうか、丁寧語。誰にでもそうなの?」
 何を尋ねられるのかと思っていたら。ああ、と日本は眉を下げる。確かに会話だけを聞いていれば、どちらが先輩でどちらが後輩なのか分からなほどだ。
「ええ。おかしい、ですかね」
 だからといって、もう習い性になっているから今さら改めることもできないし、その気も日本にはない。
「別に」と、平坦な口調で彼女は言う。
「変とかそういうことじゃなくって、ちょっと思ってただけだから。気に障ったなら、あやまるよ」
「いいえ、こちらこそ。気になさらないでください」
「そ。よかった」
 心もちやわらかい調子で、彼女は言う。日本も知らず微笑む。
 最初はぶっきらぼうな子だと思った。話をしているうちに、他人との応対こそ愛想がないものの、冷淡な子ではないのだと知った。
「それとね、ついでにもうひとつ。アイスでいいよ」
「はい?」
「僕の呼び方。アイスランドくん、じゃあ長ったらしいでしょ」
「でも、アイスランドくん……」
「アイス」
 たしなめられて、まだ慣れない呼び名に舌がもつれそうになりながら、彼は彼女の名を呼ぶ。
「アイスくん」
「うん」
 おずおず、といった呼び方を揶揄するみたいに、アイスランドはちらりと日本に目を遣る。その目はほんのわずかに笑っていた。
 アイスランドはかわいらしい子だ。凛とした美少女、という外見だけではない。普段は取り澄ましたようにぶっきらぼうにしているだけに、たまに見せる愛嬌がたまらなくかわいらしく写る。
 そんなことを色恋沙汰にはうとい日本が口に出せば、「すわあの日本に春到来か!」と、面白いことに飢えている友人たちに騒ぎ立てられるに決まっている。けれど、きっと恋愛感情とはまた違う、と彼は思っている。
 好ましい感情、をアイスランドに対して抱いている。けれど、異性に向ける恋愛感情のような、情熱的な想いではない。もっと穏やかな――純粋に、このミステリアスな後輩の少女のことが知りたいのだ。
 友達になりたい、と言えば。また彼女は目元をやわらげて、ひそやかに笑うだろうか。
「アイスくん、家は駅の北側でしたよね」
「そうだけど」
「一緒に帰りませんか。もうすっかり暗くなってしまいましたし」
「え、いいよ別に。だいじょうぶだから」
「私もちょうど、駅前の文具屋に用があったので」
 この薄暗い中、女の子をひとりで帰すのはためらわれた。ちょうど注文していたものが届いたからと、文具屋の主人から連絡もあったところだ。
「私は本当に、ついでですから。家のひとが心配するんじゃないですか?」
 言われて、何事か視線をさまよわせていたアイスランドは、ふといやそうに顔をしかめた。
「……それじゃあ、一緒に帰ろっか」
 不承不承、アイスランドはうなずいた。


 帰る道すがら、いろんな話をした。とは言っても、彼女の様子を見ながら日本が一方的にしゃべっていただけだ。
 相手はあまり積極的に言葉を返してくるようなタイプではなかったが、無言でひたすら足を動かすだけというのも、やりづらい。こういうのは苦手なんですけどねぇ、と思いつつも、日本はアイスランドととりとめもないことを話した。
 本当に会話をしたくないなら、アイスランドは容赦なく会話を黙殺するような子なのだと日本は知っていた。気分が乗らなければ、単語ひとつで会話を強制的に終了させる、とも。
 日本が振った話題に、アイスランドは言葉を返してくれた。気まずい空気ではなかった、とは日本は思っているが、とくに面白い話題を提供できたという自負もない。
「もうすぐ着くよ」
 路地を曲がって、指さす家が彼女の自宅らしかった。
 アイスランドが家の門扉に手をかけたその時、玄関の扉が開いて中から人が出てくる。
「アイス、帰(けぇ)ったか」
「ノル!」
 すらりとした長身に、細い金の髪、藍色の瞳。アイスランドの家から、まるでこの家の家人のように出てきたのは、整った顔立ちの青年だった。
 日本は目を丸くする。彼は、日本がよく見知ったひとだったからだ。
「遅かったな」
「委員会で居残りするって、メール送ったでしょ」
「何時になるとは書いてながったど」
「なんで、そこまで細かくメールしないといけないのさ!」
「いつまでも帰ってこねぇと、お兄ちゃん心配するべ。で、アイス、そちらは」
「あ」
 声をかけるタイミングが分からず、さりとて「では私はこれで」と黙って立ち去るわけにもいかず。一歩引いたところでアイスランドとノルウェーを見守っていた日本を、彼は目で指し示す。
「日本。これ、僕の兄」
 アイスランドのおざなりな紹介に、ふたりは顔を見合わせて苦笑する。
「こんばんは、ノルウェーさん。ご無沙汰してました」
「ああ。日本、アイスを送ってくれたんけ?」
「こっちの方角に用事があったので、ついでです」
 親しげに言葉を交わすふたりに、今度はアイスランドが驚いたように「知り合い?」と問うた。
「ええ。以前、学校の課題のことでお世話になったことがあるんです。ノルウェーさんがまさか、アイスくんのお兄さんだとは知りませんでしたよ」
「言ってねがったからな。アイス、夕飯できてっから、部屋行って着替えてろ」
「うん。……じゃあね日本、また明日」
「はい、また」
 アイスランドは軽やかに身をひるがえす。ふわりと風になびくプラチナブロンド。家の中に消えていく後ろ姿は、小さくてたおやかだった。
「日本。久しぶりだべな」
作品名:君という花 作家名:美緒