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Last Scenes

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○ Second Sequence




怖い夢から飛び起きるように、臨也は瞼を開けた。馬鹿馬鹿しいほど青い空に透けて溶け込んでしまいそうな彼に向かって伸ばしたはずの手の先には、濃い緑の黒板があった。くすんだ白の壁。立ち並ぶ机。リノリウムの床。弾んだ声の群れ。もう懐かしさすら覚えないそれは、間違いなく母校の風景だった。
震えの止まらない指先で鞄を探り、臨也の知る最新機種の携帯よりも数段古い型の携帯電話を取り出す。高校入学当初に臨也が持っていた携帯電話のディスプレイは、高校の入学式の年月日を示していた。
また、時間を遡ったのだ。そう気付くまでに時間はかからなかった。
臨也は大急ぎで教室脇のベランダに出る。心臓の音がうるさかった。
校舎の先に、今まさに校門をくぐろうとする金の髪が見えたとき、臨也は座り込んでしまいそうなほどに安堵した自分を自覚せずにはいられなかった。







思い切り傷つけて弄ぶ。前回のシーケンスでそれは成し遂げたはずだ。その先に静雄が重症を負ったり命を落とすことがあったとしても、それは臨也にとって望ましい事態ではあれど、忌避すべき事態ではない。
それなのに臨也は、失う恐怖から今でも指先を震わしているのだ。

近づくことでこんなに後味の悪い思いをするのなら、いっそ近づかなければいい。臨也はそう考えた。
そうだ、どうせ思い通りにならないのなら、わざわざあんな化け物に近づくことはない。どうせ彼は、臨也の人生において汚点でしかないのだ。
それ以後の臨也は、静雄の存在を徹底的に意識しないようにした。静雄がどこで喧嘩を繰り広げようが関係なし。当然、わざわざ静雄を挑発することもしなければ、他の人員を動員して静雄にけしかけることもしない。
門田や新羅という共通の友人はいるものの、臨也は静雄との接触をことごとく避けてきた。臨也と静雄はあくまでも顔と名前が一致する程度のクラスメイト、という関係である。臨也も静雄も色々な点で互いに目立ちはするが、あくまで無関係に目立っているだけだ。
お陰で、臨也はこれまで経験した2度の高校生活では得られなかった、安定した高校生活を送ることができた。毎日喧嘩人形と何も生み出さない喧嘩に明け暮れることもなく、情報屋としての地位も着実に築き上げて行く。このリターンマッチはとても上手くいっていた。
時折胸を疼く虚しさは、ぎゅっと体の中に押し込めればいい。それだって、一度目のタイムリープ時に味わったあの、永遠に指が届かない恐怖に比べればずっとマシだった。

結果、臨也と静雄は来神高校で過ごした三年間、必要最低限度しか会話を交わさなかった。
不必要な会話を交わしたのは、卒業式前日のあの夕方だけだ。

「…折原?」
明日で別れることとなる教室にひとり佇んでいた臨也に、そう声を掛けてきたのは静雄だった。臨也は思わず舌打ちをしたくなる。出来ることなら、もう会話もせず顔も合わせず離れてしまいたかった。この男の顔を見ると、どうしても欲を燻られ、苦しくなる。三年生は既に自由登校になっているので、会う筈はないと思っていたのだ。
「折原。何してんだ、こんなとこで」
臨也をただのクラスメイトとしか認識していない静雄は、臨也のことを“折原”と呼ぶ。当然、ノミ蟲という不快かつ不名誉な呼称など付けようと思ったこともないのだろう。
「君は、補習か何か?」
「ああ、まあな」
適当な会話をして早いところこの場を去りたい。臨也はそう思っていた。今の静雄は、以前のように臨也に対して嫌悪は持っていないようだが、相変わらず彼のお喋りな人間嫌いは変わっていないようで、臨也もけして得意なタイプではないはずだ。たからすぐに去って行くだろうと思ったのだが、静雄は少し躊躇っているような顔をして、臨也を見ていた。
「…俺に、何か用?」
「いや、そういうわけじゃないけどよ…」
臨也に対して何かを言いよどむ静雄というのは、以前の静雄を知っている臨也にとっては非常に珍しい。黙って先を促すと、静雄は視線を彷徨わせてから、「その、」とようやく声を出した。
「お前とは、結局あんま喋らなかったな」
「そうだね、だって君、俺みたいなタイプは苦手だろ?」
こんなことを話すなんてどうかしている。今までの臨也と静雄の関係なら考えられなかったことだ。
「まあ、な。でもお前も、俺のこと避けてただろ」
その静雄の言葉に、臨也は軽く目を瞠った。自然にしているつもりだったが、気付かれていたらしい。静雄の野生の獣のような勘の鋭さは損なわれていないようだった。
「そんなことないけど」
「…そうか? 俺、お前に何かしたかと思ってたけどな」
それはむしろ逆だ。前回の臨也が、静雄を傷つけていたぶった。その反動で、今回の静雄には指一本触れることもできないでいるのだ。これは報いか、と唐突に臨也は気付いた。今更気付いたそんなことに、思わず自嘲の笑いがこみ上げてくる。ああ、本当に馬鹿みたいだ。
「…んだよ」
突然笑い出した臨也に、静雄は自分が馬鹿にされたように感じたのか、視線を鋭くして睨んできた。
「別に、なんでもないよ」
この喧嘩人形とギクシャクと喋る理由が、自身の行為に対する報いであるなどと、馬鹿馬鹿しいことを考えていただけた。静雄は少し釈然としない顔をしたが、すぐに他に人のいない教室を一望してから、小さく呟いた。
「明日で卒業だな」
「……そうだね」
間違いなく明日で卒業だ。これで、この化け物との縁も切れる。そうすればこの不可解に苦い思いもせずにすむのだ。
臨也は静雄の隣りで、夕日に染められていく教室を見ていた。




高校を卒業して二年ほど、何もなく過ごした。今回の臨也の人生において、静雄はなんらの重要性も持たない。ただ、同じ学び舎で3年間を過ごしたかつてのクラスメイトでしかない。
それでも臨也は、静雄の情報を逐次チェックしていた。臨也と関わらない静雄の人生は、やはり臨也が知るかつての静雄のそれとは異なっている。臨也が原因となって職を点々と移ることがないためだろう。相変わらず静雄は、池袋でたまに派手な喧嘩を繰り広げ、伝説的な強さを誇ってはいるようだが、現在は借金取りではなく、池袋の洒落たバーでバーテンダーとして生計を立てているようだった。

臨也と静雄は、もはやただの他人に近い。それなのに臨也が彼が勤めているバーに足を向けたのは、単なる気まぐれだと臨也は考えている。あの化け物が客商売をするなんて似つかわしくない場面を見て、密かに嘲笑ってやろう、そのくらいの気持ちだったのだと臨也は言い訳をした。

池袋駅から多少離れた、落ち着いた印象のショットバーのカウンターで、その男はもくもくとグラスを拭いていた。今でも鮮明に浮かび上がる高校の頃の姿より少し大人びた彼は、それでも臨也のよく知るバーテン服に身を包んでいる。
臨也が店内に入り、静雄の前のカウンターに座ると、静雄はようやく臨也の姿を見て、そのまま目を瞠った。
「…折原、か?」
どうやら名前は覚えていたらしい。
「こんなところで働いてたんだ?」
作品名:Last Scenes 作家名:サカネ