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Last Scenes

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○ First Sequence



喧嘩ばかりで荒んだ生活を送る喧嘩人形の手綱を上手く取るためには、どうするべきか。考えあぐねた挙句、臨也が出した結論は以下の通りだ。すなわち、力の制御が出来ず、未完成な高校生のうちに、静雄の弱点でも握って思う様いたぶればいい。幸いなことに今の臨也は、臨也がどう行動すれば静雄がどう返してくるのかのデータが残されている。

静雄とは、邂逅の瞬間から失敗したのだ。臨也はそう考えた。以前は、出会った瞬間に互いの殺意を剥きだしにして、それ以降互いを意識して憎悪し合い、結局あの喧嘩人形は、臨也を見るとパブロフの犬がごとく反射で戦闘態勢に移行するようになってしまった。戦闘モードになった静雄とは、自分に受けるダメージを最小限にすることは可能でも、何かをしかけるなんてできやしない。
そこで臨也は、静雄の姿を見るたびに疼く殺意に似た欲を必死に抑えこんで、入学当初は極力静雄に触れ合わないようにした。
「君は以前から静雄に興味を持っていたようだし、もっと何かのアクションを取るものだと思っていたけど」
と同じ中学出身の新羅は言ったが、「俺は極力、ああいう人間とは関わりたくないんだ」と軽く受け流し、その裏でひっそりと機会を窺っていた。

準備は周到に。自分で危ない橋を渡るのは必要最小限に。そうしてすべての用意は完成した。
その日臨也は、にこやかに静雄をバブル経済の遺物である人気のない廃ビルに呼び出した。単純な彼を呼び出すのは簡単だ。
帰宅の途につく静雄を呼び止め、「君によく似た黒髪の少年が、怪しい風体の男に囲まれて古いビルに入っていったんだけど、心当たりなんてないよね?」と心配そうな表情を作って聞いてやれば、臨也に話しかけられて思い切り不審げな表情を浮かべていた静雄は、ぴきりと顔をこわばらせて「どこのビルだ」と低く聞いてきた。今の静雄には、臨也が静雄を騙す理由など思い当たらないはずだ。ただのクラスメイトである臨也のことを胡散臭く思ってはいるようだが、互いに関わりあってはいないのだから。
静雄は臨也が示した廃ビルに猛進していった。
当然、廃ビルには静雄によく似た少年どころか、人影さえない。それでも懸命に「幽!」と叫びながら姿を探している静雄の腕を、臨也は背後から掴んだ。
「な…、んだよ」
存在感を感じさせずに臨也がすぐ近くにいたことに驚愕を示しながら、不信さをあらわす静雄に、臨也は己の携帯電話の端末を見せた。薄闇のビル内で不気味に光るディスプレイには、彼の溺愛する弟の姿が映し出されていた。
「…幽!?」
「これはただの録画だよ。定期的に送るように言ってある」
臨也の携帯電話のディスプレイには、まだ成長期の艶やかな黒髪の少年が、ただ淡々とどこかの路地を歩いている光景が映されている。おそらく学校からの帰路なのだろう。
すぐにまたバイブレーションが鳴り、新たなメールが着たことを知らせた。それを開くと、同じような動画が再生される。
「…どういうことだ、幽は…」
獣が危機を察して低く呻るように、静雄は声を押し出して問う。臨也は得意満面の笑みを浮かべた。
「見ての通り、まったくもって無事だよ。ただし、この先のことは君次第で分からないけどね」
「……手前、」
何を企んでやがる、と完全に臨戦態勢をしいて、静雄が牙を剥く。臨也は携帯電話のディスプレイに映る、彼と似通った顔立ちの少年に自身の顔を寄せ、「弟君が大切?」と問うた。回答の分かりきっている問いだ。臨也は、この兄弟がいかに互いを慈しみあっているかを知っている。
牙を剥いたまま答えない静雄に、臨也は笑みを深くしてゆっくりと語りかけた。
「弟君が大切なら、今聞いて欲しい条件は一つだけ。これから数時間、俺に何をされても抵抗しないで。これだけだよ」
言い切る前に、ふざけるな、とばかりに拳が飛んでくる。怖ろしくキレのある攻撃だったが、静雄の行動パターンを熟知している臨也ならば軽く避けられた。
「おっと、相変わらずシズちゃんは人の話を聞かないなあ」
「黙れ喋んな、気色悪い呼び方すんじゃねえ!」
「はいはい。でもさ、俺の話は聞いたほうがいいと思うよ。弟君をこのまま無事に家まで帰したいならね」
切り札をちらつかせると、静雄はぐっと動きを止めた。射殺すような視線を臨也に向けたまま、臨也の出方を窺っている。
「それなりに武道の心得がある知人複数に、幽君のあとを付けさせてる。俺がこの携帯電話の短縮番号を一つ押せば、そうだなあ、まだ成長期半ばの少年は、生涯ひとりでは歩けなくなる程度の怪我を負わされることになるかなあ。ああ、あと、俺が一定時間にある短縮番号を押さない場合も、少年は松葉杖がないと生涯歩けなくなるよ」
臨也が調子よく喋るに従い、顔の筋肉を強張らせていく静雄に、意図せずに臨也の唇の端が上がる。
静雄は逡巡したようだが、臨也が携帯電話のキーに手を掛ける素振りを見せると、すぐに振り上げた拳を下ろして、地を這うような声を出した。
「…何が望みだ」
「だから、君が大人しく俺の言うことを聞いてくれることだよ。まずは上着、脱いで」
何をされるのかまったく理解できないという顔をしながら、静雄は自身の上着に手を掛けた。見慣れた制服の上着が薄汚れた廃ビルの床に投げ出されるのを確認してから、臨也は静雄に近づき、シャツのボタンを外しにかかった。それをも床に投げて、その下に着込まれたTシャツの胸元をナイフで刻む。
「…手前…ッ」
「おっと、動かないでね。危うく短縮ダイヤル押しちゃうよ?」
「……ッ」
臨也の前で肌をさらすことの嫌悪感にか、静雄は眉間に思い切り皴をよせたが、もう抵抗はしなかった。臨也は自分の鼓動が興奮で逸ることを自覚していた。ついに孤高の化け物を捩じ伏せる瞬間が来たのだ。どうして冷静でいられようか。

それから臨也がしたことは、面白味も新鮮味もないことだ。ただ静雄を蹂躙して強姦してその様を録画した。そして常套句を持ち出したのだ。
「これ、バラまかれたくなかったら、これからも俺の言うこと聞いて欲しいな」
埃と血と白濁に汚れた白い体を見下ろしながら言うと、静雄はそれまで虚ろに彷徨わせていた瞳の照準を臨也に合わせ、ぎっと強く睨んできた。思い切り汚してやったはずなのに、まだ力のある視線に、眩暈すら感じる。
「…ざ、っけんな」
「そう? 残念。じゃあこの録画どこに送ろうかな。やっぱり最初は王道のゴシップ雑誌とかかなあ。最近、芸能事務所に出入りしている謎の少年に顔立ちが似てるから、いいネタになるよね」
彼が溺愛する弟のことを言外に滲ませると、静雄は手のひらを音がするほどに強く握り締め、きつく瞼を閉じた。その顔に諦念を見出し、臨也の心中には歓喜が沸き立った。



それからしばらくは楽しかった。気高く強い孤高の美しい獣が、憎悪を込めて臨也を見ながらも、自分の言いなりに行動することの快感と言ったらない。
作品名:Last Scenes 作家名:サカネ