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ポケットの中に世界

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 そう。全世界。俺自身も含めた世界の全部が俺のポケットの中に。びっくりしたなんてもんじゃない。何故かは解らないけど、感覚で判っちまった。…ああ、信じてないよな。それが普通だよ。こればっかりは実際やってみないと判らんだろ。まあとにかく、俺には判っちまったんだよ。
 どのくらいだかは覚えてないな、まあとにかく俺は暫く呆然としてた。で、気付くと例のおっさんは何処かへ行っちまって、それっきり。俺は体よくお荷物を押し付けられてそのまま此処にいるって訳。家?帰れねえよ。『世界』抱えて家の中なんて入り切る訳ないだろ?
 …ああ、放り出しちまおうと思ったこともあったよ、確かに。でも怖くてね。「誰かがしっかりしまっとかないといけない」っておっさんの言葉がさ、実感として判っちまったからな。実際こんなポケットにしまっとく必要なんて無いのかも知れない。放り出したところで何も変わらないのかも知れない。……けど、おっかなくてできないんだよ。
 まあね、いい加減此処で暮らすのも慣れてきたしな、そりゃあ最初はおっさんを恨んだけど、この辺の連中は俺がおっさんの後を継いだって知ってからはみんなよくしてくれるし。ああ、そりゃ大仕事だからね、みんな判ってくれてんだよ。意外に不自由無い生活ができてるよ。狭いとこには入れないけどな、最近はもう、勤め人だった頃よりもしかしたらこれが性に合ってるかもなあ、なんて思ったりもするぐらいさ。
 …ただね、ちょっと心配なことがあってねえ。
 見りゃ判るだろう、いいかげんこのスーツもくたびれてきてさ、ほら、ここんとこがそろそろやばいんだよな。気を付けないと穴でも空いたらこぼれちまうだろ?
 ああ、いやいや、そんなびびんなくてもいいよ。あんたに代われなんて云うつもりも無いから。……此処だけの話、こぼれちまったらどうなるのか、実はちょっと楽しみ…いや、楽しみってんじゃないけど、見てみたい気持ちもあるんだよな。自分で放り出しちまう度胸は俺には無いけどさ、もしこぼれちまったら…どうなるか知りたいと思わないか?…いや、ほんと此処だけの話。この辺の仲間うちでは真面目にやってるってことで通ってるんだからさ。
作品名:ポケットの中に世界 作家名:シダタクマ