ブラザーシップ
時計を見たら11時だ。
なんかいつも寝てるなあ、あたし。
9月になったとは言え、まだまだ暑い。
汗でシャツが湿っている。
あ~エアコンのタイマー切れてるし。
あたしは再びエアコンのスイッチを入れるとシャワーを浴びに階下に下りた。
ダイニングはもうきれいに片付けられていた。
お腹減ったんだけど、もう何もなかった。
残念。
今までは家政婦さんがきてたけど、これからはあのおばさんがやるんだろうな。
あたしが我儘ばかり言うから家政婦さんも随分変った。
平均して半年周期。
おばさんはいつまでここにいられるかな?
バスルームに入って汗でべたつくシャツを脱いだ。
レギンスもべっとり足にくっついて気持ち悪い。
裸になって浴室に入ろうとした時、ドアが突然開いた。
湯気の中から現れたのは・・・。
目の前に、裸のアキバ男が立っていた。
「ギャー!!!!」
あたしは大声を上げて壁にかかっていたバスローブを体に巻きつけた。
何このマンガみたいな展開?
しかも見られた。アキバ男に。
「ご、ごめん。」
アキバ男は慌ててドアを閉めて浴室に引っ込んだ。
ごめんで済むか。
少女の裸見といて!
あたしの声でパパとおばさんがバスルームに飛び込んできた。
「どうした?恵理花?」
「どうしたの?」
「どうしたじゃないわ。あんたの息子に見られたのどうしてくれるのよ。」
あたしはもう何に対して怒ってるのか分からなくなっておばさんに怒鳴った。
「と、透?あんたまさかお風呂覗いたの?」
おばさんは顔面蒼白になって浴室に飛び込む。
中からアキバ男の悲鳴が聞こえた。
「ちょ、ちょっと、おかあさん、入ってくるなよ。」
「あんた、女の子のお風呂覗くような子に育てた覚えありません!」
「この場合、覗かれたのはむしろオレでしょ?ちょっと、風呂ん中まで入ってこないで!」
「いいから出てきなさい!」
「出るからタオルくれよ。お、落ち着いてくれって。」
アキバ男はバスローブに包まって小柄なおばさんに引きずられるように出てきた。
「恵理花ちゃん、ごめんね。」
おばさんに小突かれ、半ば呆れた顔でアキバ男もあたしに頭を下げた。
パパは成す術もなく呆然としている。
・・・てか、なんであんたらが謝るの?
状況見れば、偶然鉢合わせしたんだって、普通思うでしょ。
その気の遣いようと、腫れ物に触る感じがムカつくんだって何で分かんない?
ヤバ・・・。
なんか涙出てきた。
「だ、だから嫌だったのよ。い、今更、新しい家族なんて。新しいママなんて無理だし。あたし要らないよママなんて。」
あたしは搾り出すようにやっと言った。
あたしを見つめていたおばさんの目から涙が溢れた。
おばさんは目を押さえてバスルームから出て行った。
あ、ヤバ・・・。
「恵理花。」
パパの声がした。
ピシャリと音がして、パパの手があたしの頬を打った。
「自分が何を言ったか分かってるのか?」
なにこのチープな展開?
よくあるドラマみたいじゃん。
笑ってやろうと思ったのに、何故か涙が溢れ出し止らなくなった。
もうヤダ!
「パパなんか大嫌い!」
あたしはドラマでよくあるチープな台詞を吐き、階段を駆け上がった。
ドラマって上手くできてるんだな。
だってこの状況になったらやっぱりこの展開になっちゃうんだから。
あたしは部屋に飛び込み鍵を掛けると、ベッドにうつぶせになった。
枕が涙で湿ってくるまであたしは動かなかった。
コンコン。
ドアをノックする音がした。
「パパ?」
あたしはむくっと起き上がる。
パパはなんだかんだでいつも最後は心配してくれる。
「・・・ごめん。パパじゃない。透ですけど。」
あたしはベッドに倒れた。
何しに来たんだか、アキバ男。
「何か用?」
あたしはつっけんどんに怒鳴る。
「大丈夫かなと思って。湿布持ってきました。」」
はあ?
余計なお世話だし。
てか、誰のせいだと思ってんの?
「開けてもらっていいかな?渡したらすぐ戻るし。」
「・・・・。」
まあ、いいか。
あたしは起き上がってドアの前に立った。
鍵を開けてそっとドアを開く。
目の前にバスローブを着たままのアキバ男がいた。
「・・・?早く湿布ちょうだいよ。」
アキバ男はにっこり笑うと、いきなりバスローブを左右に開いた。
あたしの目の前に痩せた白い裸体が忽然と現れる。
そして見るともなく目に入った下半身・・・・!
「ぎゃっ・・・・・・・・・!!!むむむむ・・・」
大声を上げかけたあたしの口をアキバ男の大きな手が塞いだ。
みかけによらずすごい力だ。
「声出すなよ。あんたに話がある。」
アキバ男は笑って言った。
って、笑うとこじゃないでしょ~!
「ムガっ!ムガっ!」
あたしの口を押さえたままアキバ男は部屋に侵入してドアを閉めた。
そのままあたしは羽交い絞めにされる。
耳元でアキバ男の低い声がした。
「騒がないでくれるなら放すけど?騒ぐなら、しばらくこうしてるしかないな。」
あたしはうんうんうん、と首を縦にブンブン振った。
締め付けてた力が緩んで、あたしは腕からすり抜けた。
バスローブを締めなおして、アキバ男はあたしを見下ろしている。
「言いたいことが二つある。」
にっこり笑いながら静かな声で言った。
あ、あれ?
逆襲に来たんじゃないのかな?
「オレは風呂で眼鏡を掛けないから、あんたのことは全然見えてなかったんだけど。完全にオレが加害者になってるからな。これであんたもオレの裸見たってことで、チャラにして欲しい。」
「チャラ?お、男と女じゃ、裸の価値が違うでしょ?」
あたしは何か反撃したくてとりあえず言ってみた。
「・・・そういうと思った。だから後は回数で帳尻合わせて欲しい。」
真面目な顔で言うとアキバ男はまたバスローブの胸をはだける。
こ、こいつ。
これって作戦?
「もう、いいよ。あんたの裸なんて見たってしょうがないじゃん。」
「そういうと思った。ありがとう。」
アキバ男はまたにっこり笑う。
う・・・。
やられた。
「もう一つは何よ?」
アキバ男はじっとあたしを見た。
あれ?
なんか眼鏡ないとイケてる?
彼は意外に真面目な顔で語り始めた。
「オレは連れ子だし、はっきり言って邪魔だろうと思う。自覚もあるよ。だからお荷物扱いされても仕方ないし、覚悟してる。
だけど、おかあさんは本当にあんたと仲良くなりたいんだ。
オレのお父さんは早くに死んだから、オレ一人っ子になっちゃったけど、いつも娘が欲しかったって言ってた。
オレのことは無視してて構わない。
でも、おかあさんを傷つけないで欲しいんだ。
あんたの気持ちも分かるから、どうして無理なら仕方ないけど。」
ヲタ系アキバ男がハキハキ語るのをあたしは不思議な気持ちで黙って聞いていた。
なんだ、こいつ今まで猫かぶってたのか。
「無理じゃないよ。あたしもママが欲しかったし・・・。」
小さな声でポツリと言ってみた。
「なんでムカつくのか良く分かんない。みんなが気を遣って優しくしてくれるのがまたムカつく。