誰かを愛した。
「ミカエル、」
「ん?なんだい?」
「愛してる…あいしているよ」
私は哀しみをこめて呟いた。
どんなに伝えても、その翡翠色の瞳に届く事はないとわかっているのに、それでも、諦めきれないんだ。 彼を愛しているから。
「うん、私もだよ。」
突然の私の言葉にも驚くふうもなく、それは私がもうこうして幾度も繰り返しているからなのだが、そうして彼は微笑んだ、本当に愛おしそうに、私だけを、…私だけに。
「……やはりお前はわかっていない」
私は決して愛して欲しいのではないのだ、お前に。
「はは、何の戯れ言を。私は愛しているよ、貴方を、」
――貴方だけを、ずっと。
「っ、なぜ、わからない…なぜ……っ」
彼は相変わらず天使のような(事実天使なのだが)笑みをはり付かせたまま、私が彼の成人祝いに贈った純銀のナイフを、真っ白な手首の内側に当てて今にも力を篭めようとしている。
繰り返すが、私は彼を愛しているだけで、私を愛して欲しいわけではないのだ。それは無欲だから等といういかにも聖人ぶった事を謂いたいからではなく、彼の自愛の念の希薄さ故にそう思わざるをえなくなった。現在進行形で行われようとしている自傷行為を見ればわかるだろう。私は彼を、自分を、私が愛した彼をこそ、愛して欲しい。まさにこの瞬間にそれを強く願い乞い、だがこうして私の想いを伝えても決して、決して彼に伝わることはないのだ。
「…ねえ、ロラン。」
もう返事をすることすら億劫に感じて、目線だけ投げる。
「私はね、私が大嫌いなんだ、存在が赦せないほどにね。だけど私が大好きな君は、私を愛してると言う。ねえ、どうすればいいのかな?もう天使なんて穢れたものでいたくなんてないんだよ。他人の不幸の場にいることしかできない、死に神でなんて。だから、ねえ、ロラン。
さよなら、だよ。」
私に何も告げさせることを許さぬまま、いや、仮に許されたとしても私に今言える言葉など見つけられはしないが、しかしその間すら与えずに彼はその刃に力を籠めた。
「!…っ、ミカエル…!!」
その真っ白な肌を純銀が引き裂くのを、スローモーションに見ながら、赤い鮮血が飛び散った瞬間に目が醒め叫びを上げる。
深紅に染まりながら尚一層美しくなった微笑みを浮かべ彼は、
「 また、巡り逢えるかな 」
――僕らが人間に生まれ変わったら。
掠めるような紅い口づけを施しながら、寄り添うように崩れ落ちたその血濡れた躯で私をも赤く、染めた。
私の愛した彼はいなくなった。
彼は彼を愛してはいなかったから。
では、私はいったい誰を、愛していたのだろう。
「………逝こう、私も、」
―――また、巡り逢えるよう。
Fin.