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please run away with…

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 ブランコの前であった次郎くんはあたしが知っている次郎くんのままだった。お金持ちの、ぼんやりして実はすごく自分勝手な男の子。
小学校のとき、一瞬だけど次郎くんのことが好きだった。いつもいい服を着て、にっこり微笑んでいる、ス-パーサイヤ人になりたいだなんて云わない彼はすごく大人に見えたのだ。だが今思えば彼はもうとっくに自己陶酔できる対象を見つけて、外界に興味をもっていなかっただけなのだ、残念ながら。あたしの思っていたような素敵な大人っぽい小学生ではなく、欲求に素直な性質の悪い男だったのだ。
今目の前にいるブランコの予測しうる使用者のサイズをだいぶはずれた彼は、だらだらとブランコをこいでいる。のっている、というよりはまっていると云った方が正しいような気がする。あたしはその前のてすりに座ってケータイをとりだした。
「一緒に逃げてよ」
もう何年もあっていなかったのに、次郎くんは母親に語りかける気安さであたしに云う。
「どこへ」
友達にメールを返しながら尋ねた。ショッキングピンクのケータイは死んでしまったアーティストを髣髴とさせる。あたしは彼が自殺したのか事故で死んだのか知らない。興味もなかった。ただ、彼がMステでやったパフォーマンスで初めてあたしは同性の性器を見た。ただ気持ち悪かった。
「どっか、遠く」
ブランコより手摺のほうが高い位置にあるので、自然次郎くんは上目遣いになる。しかしそこに媚が一切なくて、ああやっぱりこの人はあたしに興味がないんだなと思った。
「なんで逃げるの」
ブランコはきしむ。きっと次郎くんの重さに耐えなれないんだ。
「失恋しちゃった。すごく好きな子ができたのに、ごめんなさいって云われた」
「ふうん」
「あは。興味なさそー」
「うんない」
「すっごくかわいい子だったんだよ。ふわふわのパーマで、色が白くて、垂れ目なの。ピアノもすっげー上手いし。なのに、びみょーに不細工な男とくっついちゃった」
次郎くんも、あたしも、好き勝手にした。次郎くんは延々とかわいい失恋相手の話をして、あたしは友達とメールのやり取りをし続けた。残念ながら二人とも、相手に興味あるふりをできるほど優しくも大人でもなかった。
「どこが好きだったの?」
ケータイから顔を上げる。次郎くんもこっちを見た。
「ふふ、病的に一途なとこ」
「あんた、ホント最低」
「うん、よく云われる」
「死ね」
「あーでもホント、欲しかったなあ」
クレーンゲームでとれなかったぬいぐるみに対する気軽さで云ってしまう次郎くんは、多分一番かわいそうな人だ。だれも彼の一番にはなれないし、だからといって彼は探すのを諦めないだろう。
きっと、天涯孤独な星ってのがあるなら、次郎くんはその下に生まれたんだ。渡り鳥よりももっとかわいそうで、宿り木がない放浪者。うすうす気付いてるけど、怖いんだろうな。
「ホント、かわいそうだね。うん、かわいそう。次郎くんは一生一人だよ」
「なんとなくそんな気がする」
「絶対だよ。でも、きっとそういう人が世の中にはいるよ。そういう人と、仲良くくらしな」
「がんばってみる」
宿り木を探す渡り鳥の群れが、大群を作って飛んでいく姿を想像してみた。ゆっくり羽を伸ばしたいけれど、どれも自分の木じゃなくて、何処にも仲間がいないかわいそうな鳥の群れ。其の中の一話はきれいな羽根をした次郎くんで、ちょっと寂しそうな目で、何にも考えずに飛んでいる。周りの鳥たちも、ちょっとずつ悲しそうで、一生懸命飛んでいる。こっけいで、悲しい想像だった。

ケータイがなった。もうケータイは死んでしまったアーティストを思い起こさせることもなく、身体に悪いゼリービーンズみたいだった。

「じゃあね。バイバイ」
「うん」

sorry,i cannot go with you.
good luck a migratory bird.


またケータイがなった。さよならストレンジャー。ああ、今まさにふさわしい曲だ。



作品名:please run away with… 作家名:おねずみ