うれしいこと
死にかけた、というと大袈裟だけど、ちょっと生命の危機を感じるような出来事があった。
びっくりして、呆然として。
しばらく途方にくれたあと、家に帰り電話をかけた。
もしかしたら、今日は補習だったかな。
理数科だけ、午後も週二回補習がある。以前そう云っていたことをふと思い出した。
呼び出し音が、がらんどうの部屋と自分によく響く、気がした。
五回まで待って、出なかったら切ろう。そう心に決めた瞬間、はい、という返事が聞こえてせっかくの決心は意味のないものになってしまった。
「どうしました?」
背後のざわめきから、まだ校内にいるのだろうな、と思った。
「あのね。何でもないんだけどね、ありがとう」
「え、いきなりどうしたの?」
「ちょっとね。今さらだけどね、けーちゃんの愛の偉大さに気付いたよ」
「愛って。そんな大層なもんじゃないよ」
「ううん。けーちゃんのは間違いなく愛だよ。けーちゃん、」
しんと静まりかえった部屋には、シンプルなベッドと机だけ。自分が死んだら残るのはこれだけかな、思ったら少し切なくなった。
「たくさんの愛をありがとう」
それだけ云って一方的に電話を切った。
すごく、不思議な気分だった。うれしさと、かなしさと、どうしようもなく胸を苦しくする、未知の感情がこころを埋めつくす。
けーちゃんは、ずっと、ずっと。たくさんの愛をくれていた。
それをどこか当たり前だと思っていた自分が恥ずかしい。
これからは、もっと、けーちゃんのひとつひとつの愛を大切にしようと思った。