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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 夢中だった。誠は繰り返し発動する法術の気配を感じながら手にした銃を逆手に持って大男に殴りかかった。振り下ろされたショットガンのストックは男の前に展開された干渉空間にぶち当たる。
「こなくそ!」 
 力を込めて押し込む誠。その銃を中心に誠の干渉空間が展開される。男はそれまでの無表情を驚愕の表情に変え、背後に展開された干渉空間に姿を消した。
「馬鹿か!神前!銃はバットじゃない!」 
 カウラはそう言いながら周りの気配を探る。再び階段の上から銃弾が誠の足下を掠めた。 
「カウラ!がたがた抜かす前に銃を撃て!」 
 要は左手で無理に拳銃を取り出すと階段を駆け上がっていく北川の背中に三発の銃弾を発射した。
 すべての弾丸が銀色の空間に消える。
「人斬りは!」 
 要が叫ぶ。誠のショットガンが空を切った辺りで構えていたアイシャのが広がった銀色の空間から現れた刀に両断された。
「なによ!」 
 アイシャは拳銃を抜いてそのまま転がるようにして壁に張り付く。再びこの階に転移してきた北川の弾丸がかつてアイシャのいた場所に着弾して煙を上げていた。
「西園寺!下がるぞ」 
 カウラの言葉で我を取り戻した要は切り落とされた自分の右腕をちらりと見た後そのままアイシャのいる壁際に後退してきた。
「とんでもねえ!ありゃ化け物だ」 
 ようやく北川の銃撃から逃れてきた要が吐き捨てるように叫ぶ。切り落とされた右腕の血は止まり。相変わらずひねくれたような笑みを浮かべながら北川が隠れていた物陰をにらみつける。
「西園寺さん、大丈夫ですか?」 
「大丈夫に見えるか?片腕切り落とされたら痛いぞ」 
「それは分かるけど……」 
 腰の拳銃を取り出してけん制射撃をしながらアイシャがつぶやく。反撃がないことから北川がすでに移動していることはすぐに分かった。
「今からでも救援を呼ぶか?」 
「なんだよ、救援呼んでなかったのか?頼むぜ隊長さん」 
 カウラを呆れたような顔で見るとすぐに立ち上がる要。
「片腕じゃショットガンは無理だな……神前、とりあえず弾だけ取っとけ」 
 そう言うと要は落ちていたショットガンを拾った。そしてそのまま誠に銃を差し出す。誠とは呆れつつ、ショットガンから弾を抜いてポケットに押し込んだ。
「あの刀の化け物と法術師のコンビネーション……舐めない方がいいわね。とりあえず法術師はこう言う場には慣れていないみたいだからそっちから潰す?」 
「まあその方が賢いやりかただな。アタシ等に出会ったのは想定外の事件のはずだ。さもなきゃリボルバーとダンビラで喧嘩を売ってくる意味がわからねえ」 
 要はそう言うとそのまま北川のいた物陰に銃を向ける。
「やはりあちらも予想外な事態なわけね。となると……あの方々と私達。どちらが先に水島さんに出会うかが勝負の分かれ目になりそうね……私達は上がってきたけど運動不足の中年男には出会わなかった訳だし」
「となると上だな」 
 笑みを浮かべて周りを警戒するアイシャ。カウラもその死角をカバーするように位置をとって拳銃を構える。誠は緊張感に胃が痛くなるのを感じながら周りを見回す。
 廃病院がつかの間の沈黙に包まれた。
「こっちも茜クラスの使い手がいれば楽なのにな……」 
「西園寺さん、すみません」 
 頭を下げた誠を心底呆れたという顔で要が見つめ返す。
「謝って済むなら少しは鍛えろ。それじゃあ行きますか!」 
 要はそう言うと残った左手の銃を握り直すと先ほど北川が昇っていった階段を駆け上がって行った。



 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)54


 階下で銃声が響く。水島は反射的に頭を下げて廊下の腐ったタイルに這いつくばる。しばらくの銃撃戦の様子が聞こえる。そしてまだ遠くの出来事だというのに自分が晒している滑稽な姿を思い出してこんな状況だというのに笑いが起きてくるのを感じていた。
「な……なんなんだよ……まったく何がどうなっているんだ?」 
『おじさんも鈍いね。さっき説明しなかったかな?保安隊だよ』 
 相変わらずのんびりとしたクリタ少年の言葉が頭の中に響く。
「銃撃戦をしているのか流れ弾でばったりなんて……勘弁してくれよ」 
 恐怖に震えながら一言。這いつくばっている水島の姿を想像しながら腹を抱えて笑っているだろう少年を思い出すとはらわたが煮えくりかえる思いがする。だが事実水島は今は無力そのものだった。法術師の気配はびんびん感じる。それほどげっぷがでるほどだ。だがどれも水島の手に負えるような甘い輩は一人もいない。その中でも一番の力の引っかかりを感じる存在の感情が水島と同じく恐怖のどん底にあるのが唯一の救いだった。
「馬鹿が一人いるよ……保安隊かな?力があるのにびびっちゃって……それでも軍人か?」 
 憎まれ口を叩いたところで誰も聞くものなどいないというのに。水島はそんな軽口を叩かなければ正気が保てない自分を腹立たしく思いながら再び立ち上がろうと手に力を入れる。
 こんなに自分の体が重かったのか。そう感じるほど両の腕は緊張でこわばって言うことを聞こうとしない。なんとかよろよろと立ち上がった瞬間。水島の目の前に干渉空間が広がった。
 どうにでもなれ。そう思って黙って壁に寄りかかって見つめていた空間から人影が現われる様。そこに敵意が無いのが分かるとようやく水島は足の震えを止めることができた。
 だが現れたのはクリタ少年ではなかった。
「どうも……」 
 戦闘服に身を包んだサングラスの大男。手にした銃はごてごてした正規軍の銃などではなくやたらとスマートな見慣れない形をしている。あの少年が連れてくる助っ人。真っ当な軍人のはずがない。先ほどの安心が次第に氷解していく中、男はそのまま動けない水島に近づいてくる。
「ちゃんと立ってください」 
 男の体格にも似合わないか細い声に驚きながら水島は壁に張り付いていた背中を持ち上げてよろよろと直立した。戦闘服の男は手にした軽そうなアサルトライフルを何度か叩いた後、そのまま扉から頭を出す。そして水島を振り返り、付いてこいと言うように指を指し示した。
 他に水島に頼るものなど無い。ただ重そうな防弾チョッキと予備弾薬を胴に巻き付けた大男が暗がりの中に消えないように必死に後を付ける。
「離れないでくださいね」 
 まるで賓客を案内するかのような言葉に、彼があまり日本語が得意ではないことに水島は気づいた。任務とは言え異国で自分のようなつまらない人間のごたごたに巻き込まれたかわいそうな男。先ほどまでの無様な自分を忘れたかのように水島の心に同情の念がわいてくる。
「ご苦労様ですね」 
「これも仕事ですから」 
 男はかけていたサングラスに手やりながら階段の手前で止まった。先ほどの銃撃戦の後、しばらく廃病院は元の沈黙を取り戻していた。
「銃撃戦になりますか?」 
「さあどうでしょうか?」
 水島の余計な感情を察したような投げやりな言葉。男はそのまま銃を構えて階段を下りていく。
「ミスター水島。法術の気配はありますか?」 
「いえ……」 
 水島の言葉に少し不満そうにそのまま男は階段を静かに下りる。水島の足取りも釣られて忍び足に変わっていた。