遼州戦記 保安隊日乗 6
明らかに異物のように思われている誠。それぞれに楽しそうに雑談を続ける署員から離れて一人更衣室で着替えをしていれば、さすがにホームだった保安隊の隊舎が恋しくなってくる。
「それで……うちの家内がな……」
嘱託職員のような白髪の男性署員が年下の巡査部長に身の上話をしていた。最年長が46歳の嵯峨と言う保安隊では味わえない空気を感じながらジャケットを羽織る誠。そんな中で突然派手に扉を叩く音が誠の耳に飛び込んできた。
『出て来いよ!神前!』
あまりの激しいノックに驚く署員。そしてその視線は必然的に誠へと注がれた。驚いた誠は慌てて着替えを済ませると走り出す。
「すみませんお騒がせしました……西園寺さん!」
「なんだよ遅いテメエが悪いんだろ?」
迫力のある面持ちで誠を見上げる要。その隣には髪を結びなおす途中で出てきたと思われるカウラとコートの襟を整えているアイシャがいた。
「そんなに急いでどうするんですか!」
「いいんだよ。酒が飲めるんだから」
「アタシはオメーのボトルまで頼まねーからな」
満面の笑みの要に突っ込みを入れるラン。周りの帰宅しようとしている女性署員の痛い視線が誠に向かってきていた。どれも殺気が感じられて誠はひたすら居づらい感覚に襲われる。
「でも……本当にいいんですか?」
「何がだよ」
相変わらずビールを飲んでいるラン。誰も小学校低学年にしか見えない彼女を注意しないのが不思議に見える光景に誠は少し違和感を感じていた。
「だって警邏隊の巡回は深夜もあるんじゃないですか?その深夜に反応が出たら……」
誠の言葉に小さなランはそのまま誠の腹の手前まで歩いてくると大きくため息をついた後まるで子供のように見上げる。
「普通に犯人の反応が出てもアタシ等はなんにもできねーのは説明したろ?それとだ。警邏隊はアストラルゲージについちゃー説明なんて受けてねーんだ。異常があれば確認の連絡ぐらい入るだろ」
いかにも投げやりなランの言葉に誠はむっとして見下ろす。振り返るランはそんな誠を見て大きなため息をついた。
「だから焦るなって。それにだ。吉田に確認させたがあの杉田とか言うここの署長の腰巾着だが……かなりの食わせもんだぜ」
「食わせもの?」
カウラは得意げに署の玄関を出て行くランの後ろ姿を見ながら首をかしげていた。
「吉田がお前等に頼まれて情報を探しているときしきりに保安隊のサーバーにアクセスしている馬鹿がいてな」
「それがあのおっさんか?……まさか」
要は話にならないと切って捨てるように吐き捨てた。豊川署の中庭を通り抜けそのまま裏手の駐車場に向かう。すでに六時を回れば冬の太陽は跡形もなく空から消え去って、闇だけがあたりを覆う。
「なに、本人がアクセスした訳じゃねーよ。隊長に確認したが杉田とか言う警部。外事課崩れって話だ。東都警察外事局あたりが動いていたとしても不思議じゃねーな」
「これは……また面倒な連中が出てきたな……東都警察は犯人逮捕より同盟司法局の内偵がお好きなようだ」
要の皮肉にランは苦笑いを浮かべる。駐車場の手前の道には吉田のワゴン車がライトを付けて止まっていた。
「っていつまでも仕事の話は野暮だな。行くぞ!」
誠達に手を振るとランはそのまま小走りにワゴン車の方へと走り去った。ワゴン車の後ろには白いセダン。おそらく茜の愛車だろう。
「でも本当に良いのかねえ……外野の連中が動き出しているんだろ?」
家路を急ぐ署員の車をやり過ごしながら要がめんどくさそうにつぶやいた。
「西園寺さん。外野って……東都警察の外事課ですか?」
ぼんやりとつぶやく誠を要のタレ目が見上げてくる。
「誠ちゃん。法術絡み。しかも新しい能力となれば地球諸国の研究機関も目の色変えるもの。外事課が動くも当然すぎるわね。それに同盟厚生局の時を忘れたの?地球やテロ組織。同盟非加盟国……いいえ同盟機構の内部組織の連中も今回の犯人を狙っているのよ」
「それは分かるんですが……」
赤いカウラのスポーツカーが駐車場を照らす明かりに浮かんで見ても誠も要もしっくり行かない感覚が続いていた。
「逆に考えるとこれだけ注目を集めればそれぞれの組織は動きづらいだろうな。法術関連の特殊部隊の派遣は一般部隊に比べれば相当なコストとリスクが要求される。情報収集も然りだ。手駒である少ない法術師をやりくりしての調査。しかも獲物を横取りされる確率が高いとなれば手を出せる勢力は相当限られてくる。今回の法術師は直接的な破壊力がある訳じゃない」
カウラはそう言うとそのまま自分の車のドアを開いた。いつものように助手席の扉を開いてシートを倒すと後部座席に乗り込む要。
「低威力で高精度の兵器みたいなもんだからな、今回の法術師は。法術師のいない地域ではまるで役に立たないんだから地球での勢力争いに夢中な連中にはリスクに見合う見返りは無いだろうからな。そうなると食いつくのは遼州での活動を優位に進めたい『ギルド』と東モスレムの原理主義者連中……それにゲルパルトのネオナチくらいのものか?」
そう言いながら要は後部座席の自分の隣に誠を無理矢理引きずり込んだ。
「まあ遼州での利権獲得を目指す国なら手を出すんじゃないの?」
アイシャの言葉に要はしばらく考え込む。
「いっそのこと杉田のじいさんにどこの国が動いているか教えてもらうか?土下座でもすれば教えてくれるかもしれねえぞ」
「馬鹿なことを言うな。車を出すぞ」
いつの間にか覚えたカウラの苦笑いが誠の目に飛び込んでくる。ヘッドライトに照らされた駐車場。車は静かに走り始めた。
「要ちゃん……いつものは無しにしてね」
「なんだよいつものって……」
要に伝説の流し目を向けるアイシャ。呆然と誠は二人を見つめていた。
「誠ちゃんのビールにウィスキーを突っ込んだりすることよ」
「ウィスキー?アタシはウィスキーは飲まないぞ」
「ジンでもウォッカでも同じよ!」
飲むと暴れる。誠の酒癖は有名だった。当然要は面白がって遠慮しながら飲む誠のコップに細工をする。そして出来上がった誠は何度となく全裸で寝ているところを目撃されていた。
「僕もお願いしたいんですが……」
「何を?」
要は相変わらずとぼけていた。カウラは苦笑いを浮かべながら大通りへと車を進める。次第に冬の空は黒味を帯びて町を闇へと導いた。
「なんだか不気味な感じがしないか?」
「なんだよカウラ。ずいぶん感傷的な物言いじゃねえか。オメエも少しは進歩したんだな」
「酷いわよ、要ちゃん。私達だって心が有るんだから」
人造人間であることを指摘されるたびに嫌な顔をするアイシャが振り返る。要は隣で小さくなっている誠を突付きながら苦笑いを浮かべていた。
「でもこの街に例の犯人がいるんだ。しかも誰にも知られず次の悪戯を準備している……」
「悪戯?そんな簡単なものかよ……」
「簡単に感じる人種もいるんでしょ」
加速するスポーツカーの中でアイシャは珍しく真剣な表情を浮かべてそうつぶやいていた。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)39
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



