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チキンラブソング

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 短く叫んで、彼女は腕を伸ばし強引に扉を閉めてしまう。ぱちくりと瞬く凛の前で、円は腕を伸ばした体勢のまま震える息を吐き出してゆるゆると首を振った。
 扉の向こうではまださっきの声がぼそぼそと何かを話している。凛は何が起きたのか聞こうとして、結局やめた。自分で関わるべきではないと思ったのが二割、他人の事情に首を突っ込むのが面倒になったのが七割、その他雑念が一割。
 少しして、声が遠ざかっていったのを確認した円がどこか居心地悪そうに座卓の前に座り直した。凛の性格からして聞かれないことはわかっているが、見苦しいところを見せたと思っているらしい。軽い自己嫌悪に陥っている円を見て、凛は静かに鞄を持ち上げた。

「…帰る。また明日」

 うん、と答えた声が、おかしいくらい弱々しかったのは気のせいだと思うことにした。

***

 凛に渡すノートのコピーを取ろうとリビングに出てきた円は、ソファに腰掛けたままこちらを見つめてくる雪矢に気付いてあからさまに顔をゆがめた。

「今日はバイトじゃなかったの、雪矢」
「店長が過労で休み。……まどか」

 その先に続く言葉があまりにも簡単に想像できてしまったものだから、円は聞かなかったことにしてファックスの方へ足を向ける。無言のままスキャナ一体型のファックスにノートをセットして、コピーモードに切り替えて印刷を始めた。一枚終わるごとにノートを出してページをめくり、また印刷が終わるごとにページをめくる。それを繰り返してノートの四分の一が終わり、円がそれをファックスから取り出したところで、彼女の作業をじっと眺めていた雪矢がぼつりと呟いた。

「静さん、心配してたけど」
「………………うるさい、なあっ!!」

 叫んだ勢いで手に持っていたノートを投げつける。彼はそれを危なげなく受け止めて、何気なく数ページ眺めたあとに円へ視線を戻した。

「まどかの自由だと思ってたけど、俺はやっぱり帰った方がいいと思う」
「…っんで、今更そんな、こと」
「静さんから電話があったからだよ。じゃなきゃ俺だって、」

 雪矢はそこで言葉を切ってまた一ページノートをめくる。
 静さんと言うのは円の母だ。雪矢からすれば母親の姉にあたる。円の母親とは思えないほど繊細で少女趣味な彼女は、自分が町内会の旅行に行っている間に夫と娘が大喧嘩をしたあげく、娘が家を家を出て行ったことに対して酷く気をもんでいた。円の方にも一週間に一度は「帰ってきてよう」とメールやら電話やらが来ていたのだが、その激しい性格の違いのせいかあまり母親とコミュニケーションを取ることが得意でない円はそれをことごとく無視。
 先月からしばらく連絡がないと思っていたら、雪矢の方に根回しをしていたらしい。

「……とにかく、静さんは心配してる」
「あたしはっ」

 雪矢の傍にいたかった、という言葉を円は飲み込んだ。あまりに幼くて、あまりに愚かなその言葉。口に出したらその瞬間自殺したくなってしまいそうだ。
 自分が一人の男に対する恋愛感情として雪矢を好きであることを、円は良く知っている。勢いに任せて家を出た時、実家に近い他の親戚や一人暮らしを始めた後輩の家に転がり込むことだって出来たはずなのに、彼女の頭に浮かんだのは雪矢ただ一人だった。
 それでも円が雪矢に思いを告げないのは、未知の感情に対するが故の臆病さが原因なのだろう。
 拒まれたら、ここから先どうやって生きていいのかわからない。
 今の関係が崩れたら、これから先どうやって彼に会えばいいのかわからない。
 変化が怖いからずっとこのまま従兄妹でいいと思うのに、それなのにいざそれを明確に示されるとどうしようもなく悲しい。例えようもなくつらい。
 どこまでも平坦な雪矢の声にたまらなくなって円はリビングを飛び出した。それをぼんやりと見送って、雪矢は手元のノートに視線を落とす。
 開いたままのページに書いてあったのはアザミ。本来の花言葉は『傷つく心』だが、円たちが自分で作っているらしい暗黒花言葉だと『終わらない苦痛』。あまりもタイミングの良すぎる単語に雪矢は天井を仰いで深くため息をついた。

「……俺、いつまで我慢すればいいんだろ」
作品名:チキンラブソング 作家名:ひわだ