三度の呪い
「いいかい、お前は俺に従わなくちゃいけない」
その言葉をきいた瞬間、アンドリューは目を瞑った。三度の呪い。彼がそう呼んでいる習慣のじかんだ。
ジョルジュはもう一度、唇から殆ど離れない言葉を発した。お前は俺に従わなくちゃいけない。そうしてその言葉と共に、アンドリューの頭を三度ゆっくり撫でた。
三度の呪い。
アンドリューはそう呼んでいるが、実際のところ呪いでもなんでもない。ただの言葉で、年上が年下をたしなめているだけだ。けれどアンドリューはこの言葉をきくと、身体がこわばって、口の中が冷や汗をかいたようになって、それから指先が冷たくなり、絶対にこの言葉を違えてはいけない!と強く意識するようになる。
だからアンドリューはこれを、三度の呪いと呼ぶ。
ジョルジュはアンドリューの親戚の一人であり、同時に王家に繋がる尊い血筋の人間だ。アンドリューはジョルジュとの血縁はあるが、王家との血縁は無い。アンドリューとジョルジュの家系であるスチュアート家では、他の貴族や王家と同様、一箇所に子弟を集め教育する。十字軍があったころ以来のこの慣わしは、最近金で爵位を買った家には無いらしく、アンドリューの父親はこの教育こそが貴族を作るものだと信じて疑っていなかった。
スチュアート家ではジョルジュの家に親類縁者の子弟は集う。下は七歳から、上は家を持つまで。先ごろまでいた最年長のリチャードは、先月美しい妻を娶りジョルジュの家を離れた。
そうして、ジョルジュは名実共に子弟たちの長となった。
フランス風の名前をもつことからも分かるように、彼の母親はフランス貴族の娘であった。最近でこそフランスで”英国崇拝”主義というものが流行しているが、ほんの数年前まではこの島国の帝国に嫁ぐことを嫌がるフランス女性は多かった。ジョルジュの母親もそんなフランス人の一人で、こどもにはフランス風の名前を付けたがっていたが、父親が頑として譲らなかった。何とかフランス風の名前を付けることに成功したのは、末の息子――絶対に家を継ぐ子がないであろう存在、であるジョルジュだけだった。
美しい母親の絶対的な愛情の中育ったジョルジュは、母のように美しかったが、散漫でもあった。気分屋で、ときにフランス語を交え、相手を見下すように話すジョルジュは、魅力的な存在であったが、その家柄とも相俟ってしばしば孤立した。
そんな彼が唯一手なずけることに成功した(と思っていたのが)アンドリューだった。父親を通し従兄弟同士である気安さもあってか、それとも年が一番近い(彼とアンドリューは三つ違いであった)からか、ジョルジュは常にアンドリューを従えようとした。
アンドリューにとっても彼の美しさと聡明さは魅力的であったが、少し機嫌を損ねただけで、年長者の特権である”鞭”を振るう彼は同時に畏怖の対象でもあった。
「アンドリュー、お前は立派な騎士(ナイト)になるんだろう?」
三度の呪いの最中、アンドリューは静かにまつげを伏せ、心を殻に閉じ込める。そうすると、あっという間にこの時間が終わることを知っていた。
「未来のナイト、お前は知らなければならない。ご婦人たちに愛を請うのに、そのご婦人たちより馬鹿であって良いものか。なあ、アンドリュー?Mon petit」
いつだって馬鹿にしている。アンドリューは思った。いつだって、この少しばかり年嵩の”半フランス人”は、自分を馬鹿にしているのだ。アンドリューはそう思うと、なさけないような、悔しいような気持ちになった。