わるもののにおい
「きっとこの地の公園には砂場が無いな」
あたりをざっと見回し、なにやら真剣な顔をしたかと思えば、そんな台詞が聞こえてきたのでテルヴェリチェは呆れて、大きく溜息をついた。
「ヘイマ中佐。場をわきまえることをお勧めします」
「ああ、ごめん。でもさ、思わない?」
辺りを見回す。木の一本もない、砂漠地帯だ。
「まあ、そうですね。そもそも公園自体を作らないでしょう」
行政もそこまで馬鹿ではありませんよ、笑いをかみ殺して云う。
「テルヴェリチェ・キクス・ラヴィエンヌ中佐。あなたに先ほどあなたが発した言葉、そのままお返しいたします」
ニヤニヤ笑いで云われたので、テルヴェリチェは少しむっとした。
後ろを振り返り、補佐官を下がらせる。なれたもので補佐官は二人とも、略式の敬礼だけして兵舎に戻った。
「さあ、どこから査察開始いたしますか?」
双眼鏡で地平線の側を見つめながらユトが問う。
「とりあえず人の住んでるところじゃない?」
云ってテルヴェリチェは東を指差した。申し訳程度に民家がある。しかも、結構粗末な。
「なんだってこんな人の住んでいないところに侵攻するのかねえ。偉い人の考えることは分からんよ」
歩みを進めながら、ユトはぼやく。しかしながら実際は、この地を割り当てられた幸運を思っていた。一人殺せば殺人犯、百人殺せば英雄などという言葉があるが、やはり殺す人数は少しでも少ないほうが、精神衛生上良い。何千人、何万人殺したところで、全然慣れが無いのは、むしろ驚くべきことだ。
「上がってきた報告では一応100戸程度あるらしいし、そこそこ人が住んでるんじゃない?まあ、政府にとって都合がいいだけでしょ。楯突く少数民族が消えてくれて、人口抑制にもなる。まあ、DNA採取だけ忘れないように。一応保存はするみたいだから」
テルヴェリチェは努めて冷静に、他人事のように語った。それが彼女の、自分自身を守る方法だった。殺しているのは自分だけれど、自分ではないように振舞う。愚かだと人は云うけれど、そうやって彼女は自分を保った。
「中央に広場があって、東西南北に割合大きな道が十字にはしってるんだっけ?」
ユトは報告書を持っていないので、テルヴェリチェに確認した。手元の報告書を見遣って、テルヴェリチェは頷く。と、不意に足元にこどもが飛び出してきた。
こどもはテルヴェリチェにぶつかった反動でごろんと地面に転げた。
「きみ、大丈夫?」
テルヴェリチェは慌てて屈み、覗き込むように問いかける。幸い怪我は無いようだ。ユトがこどもの手を引き、立たせた。
「怪我は?」
「ない」
「ごめんね」
テルヴェリチェは謝る。同時に何たる皮肉、思った。明日消してしまう生命なのに。
「坊主、名前は?」
「ヨウシェン」
「何してんの?良かったらお兄さん達をちょっと案内してくれない?道に迷っちゃったんだ」
へらりと笑って云うユトをじっと見つめ、ヨウシェンと名乗ったこどもは首をふった。
「やだ!おまえ、わるもののにおいがする」
云われて、ユトとテルヴェリチェは目を見合わせ、それから盛大に笑った。
そう、こどもが正しかったのである。
「そうさ、お兄さんはわるものだ!」