星屑とバスタブ
特別任官、その文字を見て少将は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そして己の頭に降り積もる雪のような白髪を鏡で確認する。
この年で、この年でだ。漸く得た少将の地位。己が長くその肩に輝かせ、また己自身を燻らせていた佐官の肩章を、彼らはいとも簡単に得る。何も知らぬ小童どもが。
士官学校を出ても中々に遠いその椅子に、傷のない身体をゆったりと沈めるのだ。
その指は引き金を引いたこともない。これからもない。頼りない指だ。
実戦経験などあるはずもなく、日に焼けない頬は男も女も李のようにけぶる。
「捕虜になった場合は?」
特別任官制度の創設者にして、任官者第壱號グゥエイゼル・ナートカーバント・ハラ少将は微笑み答えた。
「彼らは捕虜になりません」
その答えは少将―――ナオム・ワーペラタ・クズネッツの表情を更に歪ませた。
「何故そう云い切れるねですか?」
「戦略上細かいことは公開できないのですが、特別任官者は戦場に於いて自分の力を制御しています。国際法に基づき。しかし自身の生命の危険に及んでは、法が自己防衛のためあらゆる行為を認めています。つまり彼らは捕虜として牢屋に入れられても出てくるのです。自己を傷つけようとするあらゆる存在を抹消しても」
クズネッツ少将の目に映る若いハラ少将の笑顔は、酷く虚ろだった。
「抹消しても…?」
「ええ」
「それが今回の゛実験゛?」
「お答え出来かねます」
クズネッツ少将は、上層部の意図を正しく理解した。
彼らは本当の殲滅戦をするつもりだ。
指先から血の気がひくのを感じた。
国際法を何ら違反することなく、彼らは敵軍を殲滅しようとしている。特別任官者たちをわざと捕虜にして!
「くれぐれもご内密に、クズネッツ少将」
ハラ少将はもう一度微笑むと、略式の敬礼をして辞去した。
突然の南部戦線からの撤退命令。今漸くその意味を理解した。
彼の師団が戦うべき敵は、いなくなるのだ。