私と君と、世界と。
怒りにゆがめたその顔を私に向けて、彼が何を思っていたのかは定かではないけれど、少なくとも私と同じ気持ちじゃなかっただろう。
「お前さえいなかったら、良かったんだよ」
その一言で充分わかった。
初めて出会ったはずなのに、彼がどうしてそんな哀しげな顔をしているのか、苦しそうに引き金を引くのか―私は全てを悟ってしまった。
世界は地獄。少なくとも、私が戦闘人員として育てられたころから、ずっとそうだ。戦争続きの毎日。それが普通だ。死体の上で生きていると言っても過言ではないほどに。何のために生きているのかなんて、考えるような暇はない。死にたくないから戦う、それだけ。何度も人を撃った。撃たなければ自分が撃たれる、と何かに急かされるように、何かに焦りながら、ただ必死に引き金を引いていた。
撃たれたことに気づいた瞬間、私の視界は歪み始めた。
「…?」
痛いとかそういう感覚は全部無くて、ただ『ヤバいな』ということだけがわかった。
このままだと、死ぬ。でも不思議と後悔はなかった。何かを悔いるほど、私は何もしていなかったから。
「……何で、だよ…何で、俺に何もやり返さねえんだよっ! 撃ってきたじゃねえか! 今までお前はっ、」
辛うじて動く頭を上げて、彼を見ると、ぼろぼろと涙をこぼしていた。銃の扱いに慣れていないのは、見てわかる。きっと、私を撃つためだけに銃をとったんだろう。彼の親や兄弟を私が撃ったのかもしれない。もう覚えてないけれど。何も言わない私に、「何でだよ…っ」と、彼はわけもなく叫ぶ。
一言でいいから、彼に言わないといけない。『逃げろ』と。ここは決して、武器の扱いに慣れていない人間がいてはいけない場所だ。早く、
「に…げっ、て」
震える手で彼の肩をつかむ。ほとんど力なんて入らないし、鈍い痛みに意識が朦朧とする。でも、ここで彼を死なせたら、それこそ私のやってきたことは、ただの『悪』だ。人を撃つだけ撃って、目の前の人間一人助けられないだなんて。
「…っ、う、うう…」
私の呼びかけに応じずに、彼は手に持った銃を、自分のこめかみに当てた。
「っだ、め、っ……!」
乾いた音と私の掠れた叫びは、遠くから聞こえる戦闘機の音にかき消された。
ゆっくりと意識が薄れていく感覚に、私は身を任せる。
神様、この世界が地獄なら、私たちは一体いつになったら天国へ行けるのでしょう?
私のやったことが『悪』だと言うのなら、どうか、赦さないでください。
その十字架を、ずっと私に背負わせて。