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<アイ> 【オリジナル】

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たぶん、この人は言うだろう。世界で私が一番大嫌いな言葉を。
 夜のテーマパーク、目の前では花火が上がってる。
 手を握ってくれている彼の温もりは、何事にも耐えがたい物だ。
 だが、これも、もう少しで終わってしまう。


                <アイ>
 

 世界で私が、たった一言だけ大嫌いな言葉がある。

「愛してるよ」

 このセリフを聞くのが、私は一番嫌いだった。
 聞いた瞬間には背中にゾゾッと悪寒が走り、途端に大好きだった人はただの人に変わった。
「さようなら」
 いざ、まさに相手はキスをしようとする瞬間だった。
「え?」
 相手が間抜けな声を出した。キスしようと尖らせた唇と、下心の見える薄目、どれを取っても嫌な顔。私は思い切り手を挙げた。

 ぱぁん。少し乾いた音が公園に響いた。


『愛ちゃん、またですか?』
 パソコンから声が聞こえる。人間の声を機械音に直したような、そんな声だ。
 声は若い男のようにも聞こえたし、綺麗な女性の声とも取れた。
「だって、あの人は言ったの、“愛してる”なんて」
 不貞腐れるように、机に顔を伏せる。まだ少し、彼の頬を叩いた手が痛かった。
『愛ちゃん、それは愛情表現というものなんですよ?』
 ふぅ、と声はため息を出した。
「だって!」『だってじゃありません!』
 私が口を開いて反論しようとすれば、それをピシャッと声が遮った。
『もう何人目だと思っているのですか!?
 貴方に振られて、酷く傷ついた男性の気持ちもお考えなさい!』
 毎度毎度の説教だ、これももう何回も聞いた。そして私はいつも通りに返す。
「男の大半なんて下心見え見えなんだもの、汚らわしいわ」
 いつの間にか立ち上がって、私は叫んでいた。
「信じられないの、“愛してる”とか、“可愛い”とか、“好き”とか!」
『愛!』
 怒鳴った声がパソコンから聞こえる。大きな声だったので音割れが起きていた。
 途端に私は静かになって、椅子に座って、また机に顔を伏せた。
「信じられないの・・・」
 ポツリ、と言葉が出る。腕にすっぽりと顔を埋める。
『愛・・・貴女が男性を信じられない気持ちは分かります』
 窘めるように声が発したセリフは、私が嫌いな分類に入る言葉だった。
「分かんないくせに何言ってるの、機械のくせに」
 ギュゥ、と洋服を掴む手に力が入る。痛みはもう消えていた。
『機械でも、です』
「うるさい、ママもパパも私の気持ちなんて分からなかった!」
『愛・・・』
「機械のアンタに何が分かるの!?私の何が分かるの!?言ってよ!ねぇ!!」
 いつの間にか、私の目には涙がボロボロと零れた。
 女として、男を愛せない。この事は人間としても、動物としても致命的だった。
 なんでこんな性格なんだろう。なんで言葉が信じられないんだろう。
 人間の本質からもう人間では無かった。
『愛、すみません』
「・・・」
 私は何にも言えなかった。言葉は全部しゃっくりになっていた。
『ねぇ、愛、』
「なぁに・・・?」
 ぐすっ、と鼻をすすって、ぐしゃぐしゃな泣き顔で、私はパソコンのモニターを見た。

 モニターには、若い男が一人居た。

『愛は、私が人間だったら、私を信じますか?』
「アンタは、機械じゃないの」
『例えばの話です』
 モニターに映る男はじっと私を見ていた。
 どうなのだろうか、答えられない。私は彼を愛せるのだろうか。
「ねぇ、I」
 アルファベット一文字だけが彼の名前だ。
 単純で明快で覚えやすくて、発音は私と一緒だ。
『はい』
 彼は静かに答えを待っていた。
「私ね―」

「愛ーご飯よー!」

 ママが私を呼んだ、私は内心ほっとした。彼の表情は少し影が落ちた。
「ご飯食べて来る・・・」
 私がそう言って立ち上がると、モニターの彼は微笑んだ。
『行ってらっしゃい、愛、ダイエットなんて言わずにちゃんと食べてくださいね』
 相変わらずの柔らかい口調で、彼はそう言った。
「やーよ、新しい人見つけるまで大食いなんてしないもの」
 私は少し舌を出して、部屋から出て行った。
 階段を下りながら、考える。

 私は、彼を愛せるのだろうか。
 私は私が大嫌いな言葉を、人間の彼に囁くのだろうか。
 そんな事、とてもあり得ないけど。
 そうなったら私は、彼の言葉を信じてるだろうか。

 たった一言、彼からの「愛してる」という言葉を。

【END】