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ソーダアイス

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溶けてしまいそうに暑い夏の午後。冷蔵庫には飲み物もアイスもなくて、仕方なく炎天下を歩いて近所のコンビニに向かった。
 アイスにかジュースにかで迷うこと十数分。
 元々お金なんてそんなに持っていないくて、百五十円のペットボトルを買うか、百円のアイスを買うか、どちらかしかできない。結局長い時間冷たさを楽しめそうなジュースを買って行きよりは軽い足取りでお店を出た瞬間、目の前を横切るように止まった自転車。
「みっちゃん」
「あ? おまえか。珍しいじゃねえの、おまえが外に出るなんて」
 キロリと三白眼を向けて(普段からそんな見方をするから不良に絡まれちゃうんだよ)、自転車の操縦者はにやりと笑った。自転車のペダルを蹴るようにして飛び降りたとき、燦々と降り注ぐ太陽に金の髪がきらきらと反射する。
 きれいだなあと思う反面、派手な格好を好むようになった幼なじみが、どうも遠い人になってしまったようでちょっと寂しい。
「失礼な。人を引きこもりみたいに」
「現に引きこもりだろ、おまえ。夏休みに入って何度靴を履いたよ?」
 からからと笑うみっちゃんが憎らしい。反論できない分更に悔しい。ちょっと唇を尖らせて、ごにょごにょと文句を並べた後、ふと首を傾げた。
「何を買いにきたの?」
「暑くってやってらんねえから、ちょっとアイスをな」
「あ、わたしも食べたい! みっちゃん、一つ買って!」
「はあ? おまえな、その手に持ってるもんはなんだ」
「ジュースだけど、アイスと散々悩んだんだもの」
「どうして両方買わなかったんだよ。あほう」
「だってだって、わたしそんなにお金持ってないんだもん」
「威張って言うな」
 鼻で笑って中へ入っていってしまう。慌ててくっついてコンビニに戻って、「買って買って」とせがんだけれど、みっちゃんは歯牙にもかけずに自分の分だけを買ってしまった。まったく、つれない。いつからこんな冷たい人になってしまったんだ。昔は、小学校くらいのときは、みっちゃんは主夫になれると言われたくらい、面倒見が良かったはずなのに。
 文句もたらたらで再び外へ出ると、みっちゃんはおもむろにアイスを食べ始めた。一口でいいからちょうだいよ、と言ったって分けてくれない。ほんとにけちになった。
 なまじ外見だけが格好よくて、女の子たちが群がるから、そしてみっちゃんもそんな女の子たちと楽しそうにわたしの知らない遊びをしているから、もう、みっちゃんはみっちゃんでなくなってしまった。こんなに心が狭くって意地悪で性格不細工な人になってしまった。
 神様の意地悪。わたしのみっちゃんを返して。
 心の中だけでそんな文句を並べて俯いていると、急に目の前にぬっとアイスが現れた。びっくりして眼を丸くして幼なじみを見上げる。最近あんまりわたしの前で笑わなくなった彼が、やっぱり不機嫌そうな顔でアイスを突きつけている。
「……食べていいの?」
「あほう。二ケツでチャリ漕ぐのに片手にアイス持ってるんじゃ危ねえんだよ」
「でも、食べなかったら家に帰る前に溶けちゃう……。ていうか、二ケツ?」
「おまえも帰るんだろうが。適当にそれも処理しろ。俺に垂らしたら承知しねえぞ」
 ぐいっと強引にアイスを押し付けて、さっさと自転車に跨ってしまう。わたしはというと、急な展開に眼を白黒させるしかできなくて、また不機嫌そうに振り返ったみっちゃんに「早く乗れよ」と急かされてしまった。
 慌ててみっちゃんの後ろに乗ると、自転車はスムーズに漕ぎ出される。次第にぐんぐんと景色が流れるようになって、わたしは片手に持たされた食べかけのアイスを見つめた。
「適当に処理するって、食べちゃっていいの?」
「食べなきゃ溶けるだろうが」
 振り返りもせずに(当たり前だけど。振り向かれたら危なすぎて悲鳴を上げそうだ。)ぶっきらぼうに言う。それって食べていいって意味なんだろうか、と首を傾げていると、みっちゃんはやっぱりこちらは見ないで、ちょっと笑った。顔は見えなかったけど、苦笑している笑い方だった。
「おまえって本当に、昔っから世話のかかる女だな」
「なにそれ! 世話がかかるのはどっちよ。毎朝みっちゃんを起こしてあげてるのは誰だと思ってるの」
「俺は低血圧なんだよ。大体、体質の問題と駄々をこねるのとを一緒にされちゃたまんねえぜ」
「どこが違うの! わたしが起こしてくれるからって目覚ましすらかけないくせに!面倒をかけてやってると思われたくなかったら自分で起きる努力くらいしてよね」
「目覚ましをかけたらかけたで、俺が止めないから煩ぇって言うくせにな」
 飄々と揚げ足を取るので流石にムッとして言った。
「……このアイス背中に塗ったくるよ?」
 けれどもその脅しは、我ながら呆れるほど子どもじみたものだった。絶対こんな脅しじゃ屈しない、ばかにされておしまいだ、と、言ってから後悔したら、すぐに笑い声が返ってきた。いつも学校にいるときの彼からは想像もつかない、爽快な笑い声。
「あほう。零したら承知しねえって言っただろうが。さっさと食っちまえ」
 けらけらと笑う声は、金色のきれいな髪と同じできらきらとまぶしい。
 家のマンションに着くまでの短い間、みっちゃんの漕ぐ自転車の後ろで、ほとんど溶けかかったアイスを急いで食べた。
 それはソーダの爽快な味がするはずなのに、今日に限って甘かった。
作品名:ソーダアイス 作家名:愛菜