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立春も近いある冬の日だった。
伊藤は懐に書状を抱いて、白壁の塀の間を歩いていた。
築地を飛び越えた枝の先、萌えきざした芽もまだ固い。仰いだ空は青く遥か、雲が淡くにじんで天蓋に薄く紗を掛けている。
何の気なくついた溜め息の跡は白かった。
つくづく勝手な人だ、と思う。
高杉の書状を桂に届けるための道行きだった。
今日は朝から高杉の用向きに駆けずり回った。今に始まったことでないにせよ、ふと我に返ると伊藤は将来を思って暗湛たる気分になる。
国が大きく動こうとしている時に、自分は今のままでいいのだろうかと考えてしまうのだ。
現在己のやっていること――高杉や桂の使い走りじみたこと――を続けていて、果たして何かをなせるだろうか。確かに来原と出会えたし、士分にもなることができた。
しかし時折、自分はとんでもない時間の浪費をしていやしまいか、という疑問がもたげた。
――… もっとも、何をしたらいいかもわからんが。
それが一番、もどかしい。
知らぬ間にうつ向いた視界の端に、染みひとつない白い足袋が映った。
「どうした」
聞き慣れた声に目をあげる。
桂だ。袴姿に打裂羽織をかけていた。どこぞからの帰りなのだろう。
伊藤は驚いて目を見開く。桂がいることにまったく気付いていなかった。
一瞬、まじまじと桂を見上げ、自分の目的を思い出す。
「高杉さんの手紙を…」
突然言葉が途切れたかと思うと、くしゃみになった。
「あ…。すいませ…」
「…いや」
桂は応じ、小さく息をついて自ら羽織の襟元に手をかけた。
頭を下げていた伊藤の両肩に、暖かい感触が広がる。
伊藤は目を丸くした。当惑して、胴着姿になった桂を見る。
「…随分高杉に振り回されているらしいな。最近どうも慌ただしいと聞いた」
「はぁ…」
まったくあいつは、と桂は深く溜め息をついた。ふいと踵を返す。
「来い。茶をやろう」
桂はそう言って、伊藤の先を歩いていく。伊藤は慌てて後を追った。
その時、桂の背を見て唐突に思った。
――いつか僕は、この人を裏切る。
それは闇の中から突然に浮かび上がったのに近く、伊藤は戸惑った。桂に悟られぬように、自分の心の内を探る。
しかし、それは打ち消しがたい確信だった。
理由は分からなかった。緩やかに流れていく思考の一端を捉えたに過ぎないのだろう。
伊藤は懐に書状を抱いて、白壁の塀の間を歩いていた。
築地を飛び越えた枝の先、萌えきざした芽もまだ固い。仰いだ空は青く遥か、雲が淡くにじんで天蓋に薄く紗を掛けている。
何の気なくついた溜め息の跡は白かった。
つくづく勝手な人だ、と思う。
高杉の書状を桂に届けるための道行きだった。
今日は朝から高杉の用向きに駆けずり回った。今に始まったことでないにせよ、ふと我に返ると伊藤は将来を思って暗湛たる気分になる。
国が大きく動こうとしている時に、自分は今のままでいいのだろうかと考えてしまうのだ。
現在己のやっていること――高杉や桂の使い走りじみたこと――を続けていて、果たして何かをなせるだろうか。確かに来原と出会えたし、士分にもなることができた。
しかし時折、自分はとんでもない時間の浪費をしていやしまいか、という疑問がもたげた。
――… もっとも、何をしたらいいかもわからんが。
それが一番、もどかしい。
知らぬ間にうつ向いた視界の端に、染みひとつない白い足袋が映った。
「どうした」
聞き慣れた声に目をあげる。
桂だ。袴姿に打裂羽織をかけていた。どこぞからの帰りなのだろう。
伊藤は驚いて目を見開く。桂がいることにまったく気付いていなかった。
一瞬、まじまじと桂を見上げ、自分の目的を思い出す。
「高杉さんの手紙を…」
突然言葉が途切れたかと思うと、くしゃみになった。
「あ…。すいませ…」
「…いや」
桂は応じ、小さく息をついて自ら羽織の襟元に手をかけた。
頭を下げていた伊藤の両肩に、暖かい感触が広がる。
伊藤は目を丸くした。当惑して、胴着姿になった桂を見る。
「…随分高杉に振り回されているらしいな。最近どうも慌ただしいと聞いた」
「はぁ…」
まったくあいつは、と桂は深く溜め息をついた。ふいと踵を返す。
「来い。茶をやろう」
桂はそう言って、伊藤の先を歩いていく。伊藤は慌てて後を追った。
その時、桂の背を見て唐突に思った。
――いつか僕は、この人を裏切る。
それは闇の中から突然に浮かび上がったのに近く、伊藤は戸惑った。桂に悟られぬように、自分の心の内を探る。
しかし、それは打ち消しがたい確信だった。
理由は分からなかった。緩やかに流れていく思考の一端を捉えたに過ぎないのだろう。