ぼくの先生
多分、いやきっと無意識なんだろうが、そんな先生が愛おしくて、ぎゅっ、と――女の人とは違うけど――細い肩を抱きしめて、僕の唇を、それを彼の耳元に 近づけた。
「そんなこと、忘れてしまえばいいよ」。
肩を震わせて、それを答えるように先生は僕の首を抱きしめた。先生は、こんな弱い人間ではない。本当は、凄く強くて凛々しい先生なのだ。だけど、僕の前では赤子のように弱々しくなってしまう。僕にしか、みせない姿。それを、恋人ならば嬉しく思うべきなのかもしれないが、僕にはそれが嫌でたまらなかった。(だって、ぼくは)強い先生が好きなのだ。こんな弱い先生は先生じゃない。けど、抱きしめるこの腕を解けないかぎり僕は弱い先生も愛し続けるのだろう。愛し、続けてさらに先生を弱くしてしまうのだろう。(愛することを止めてしまえばいい? そんなことは無理に決まっている)ああ、悪循環。いや、悪でもなんでもない。よくわからない、循環。
拙い字で遺書を書いた。宛先は誰にしようか。
そもそも、宛先なんて遺書にはいらない気もするけど、僕は大きく、「せんせいへ」と白い封筒に書いた。平仮名では何だか間抜けに見えて、漢字で書けば良かったな、って少し後悔する。否、いっそのこと「こいびとへ、」とか書けばよかった。だけど、それは少し恥ずかしいし「恋人へ」なんて書いたところ、誰も(ぼくとせんせいいがい、だれも)僕の恋人をしらないだ。だから、先生の所に届かないかもしれない。そう考えると、まあこっちでよかったかな。と気持ちになった。でも、なんか寂しいな。だから、僕は上の空白に「あいする。」と付け足した。ああ、これじゃあ「こいびとへ」と書くより恥ずかしいじゃないか。 けど何だかどうでもいい気がした。だってその時僕はそこにいないのだから、
封筒のうらっからには「あなたのあいする、ぼくより」と書いた。僕は決してキザな野郎なんかじゃない。だけど、こんなことを書く限り、みんなにキザな野郎だと思われてしまうんだろうな。まあ、いい。どうせ、どうせ僕はいないのだ(そのばにも、どこにも)。