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07月お題 ビール「コイン」


俺はある日コインを拾った。

浅草橋を歩いている時、なにげに光る物に目がいき、いつの間にか手にしていた。
銀色に輝くそれは、見知らぬ外国人が描かれていた。

そんな日の夜。
また、怪しげな封書が届いた。

これで何通目だろうか…
最初に届いたのは、確か1ヶ月前ぐらいだった。
内容は、俺の親父が亡くなった。
遺言が遺されているので弁護士事務所まで来い。
みたいな感じだった。

そんな、新手の詐欺商法のような手紙を信用するはずもなく…
今日に至っている。

確かに、俺の親父は小学生時代に母と離婚して、今は何処に居るかも知らないし。
離婚してからは、一度も会っていない。
だからって今更、死んだ、遺言って…
何それ!

ふう~
ため息をついた時、ふと今日拾ったコインの事を思い出す。
ヨシッ、コインで決めよう。
人物が描かれた方が出たら、封書を確認し弁護士事務所へ赴く。
そうじゃなければ…
封書ごと棄てる。

ポケットにあったコインを取り出し、親指で弾く。
パチンと音をたて、空に舞う。
タイミングを見計らい、右手に掴みそのまま左手の甲にぴたりとあてる。
俺はゆっくりとそれを覗き込む…
人物…


台東区にある古びた弁護士事務所に赴くと、待ち兼ねたかのように、赤いフレーム眼鏡の女性が招き入れてくれる。
席につくなり書類一式をテーブルに拡げ、そつなく話し始める彼女。
「再三お宅様に連絡したのですが…きていただいて感謝します」
嫌味でも言われると思ったが感謝の言葉を述べられた。
「あっ、いやこちらこそすみません。新手の詐欺商法かと思っていたものですから」
「やはりそうですか…最近はそういった方が多いのです。嫌な時代になりました」
彼女はため息混じりに呟いた。
詐欺が横行している世の中だ、そういった意味では弁護士も多少の被害は受けているとみえる。

「それでは、はじめに身分証を拝見出来ますか?」
彼女は俺の免許証を確認すると「はい、結構です」と言い話しを続けた。

「貴方のお父様にお預かりしている遺言状といくつかの書類をお渡し致します」
中を確認すると、遺言状、預金通帳、印鑑、それと権利書らしき物が入っていた。
「見ても構いませんか」
俺は遺言状を手にして見せた。
「ええ、勿論」

中を見ると、始めから謝罪の言葉。
そして、僅かばかりの金銭と土地を譲り渡すといった内容だった。
そして最後にこう書かれていた。
できれば、お前の妹に会ってやってほしいと…

「なっ、何です。この妹って」
「はい、貴方のお父様は離婚後暫くして再婚なさいました。そして、お子さんが出来た。つまり、貴方の妹さんって事ですね。遺言にもありますように、一度だけでも妹さんにお会いになっては」

淡々と語る彼女に、どう自分の気持ちを伝えていいか解らず。
次の言葉が見つからない。

それを見兼ねてか、彼女が告げる。
「あの、お会いになられますか?なんでしたらこちらで手続き致しますが。チケットの手配とか…」
「チケット?あの、い、妹って今何処で暮らして居るのですか」
「あっはい、キューバです」
「……」
言葉が詰まる。
キューバって何処?


あれから弁護士の奨めもあり、いろいろ考えてやはり妹に会うことにした。

数日後、弁護士から連絡があり妹に会える日が決まった。

そして、長い時間をかけ、ホセ・マルティ国際空港に着いたのは、真夏の炎天下な日だった。

俺と弁護士…
彼女は業務の一貫として同行してくれた。
だが、あからさまに観光気分が放たれている。

二人はタクシーを拾うと、ハバナからカリブ海に近い町へと向かった。

此処も日本と同じ島国なのに、別世界に思える。

暫くすると、港町に到着した。
車から降り立つと、そこは見るからに貧しい漁村に思えた。
人々は疎らで活気がない。
唯一海だけはスカイブルーで、暑さも手伝ってか直ぐさま飛び込みたい衝動に駆られる。

じっと海を眺めている俺に弁護士が声を掛ける。
振り向くと弁護士の傍らには、ラテン系の可愛いらしい少女が立って居た。

たぶん、あれが俺の初めて会う妹…
淡い小麦色の肌、髪は少し金髪がかったくせっ毛。
顔はやはり、親父に似ているのかな。
すらっとした身体にタンクトップにタンパン、健康そのものといった感じだ。

俺は彼女の許へ行き挨拶を交わす。
「えっと、日本語しか話せないけど…はじめまして」
「あっ、はい、大丈夫です。父から日本語は教わりましたから」
流暢な日本語で返された。
この娘が、たった一人の肉親…
いきなりの兄妹、何か不思議な感じだ。

一通り挨拶が終わると、親父が暮らしたという家へと招かれた。

中は、どこか日本風で懐かしい気持ちになる。
リビングに落ち着くと、彼女はアルバムを見せてくれた。
その中に葉巻を燻らす親父が居た。
「あの、親父って葉巻を吸ってたのかな?」
「えっ、はい。何時も家に戻ると葉巻を吸っていました」
此処には、俺の知らない親父が居たんだな…
「そう。それで、親父はどんな仕事をしてたんです」
「カメラマンです。記者も兼ねてですけど…ですから、家にはほとんどいませんでした。でも、帰ってくれば優しい父でした」
彼女にとっては、よき父だったらしい。
俺にとっても、優しい親父だった気がする。
しかし、カメラマンだったとは…

俺の妹は、親父の思い出話しを延々と語ってくれた。

最後に俺は、親父の墓参りをしたいと告げると、妹はキッチンへ行き紙袋と花束を抱えて現れた。
「日本人のお兄さんの事だから、そう言うと思ってお供え物?って言うんでしたか。用意していました」
気の使いようが、日本人の血なのかな。
「ありがとう」

案内されたのは、敷地内にある質素な墓地。十字架が二つ仲良く並んでいた。
「一つは君のお母さんかな?」
「はい。左がそうです」
俺は、彼女の母の墓標に手を合わせる。
そして、親父の墓標に手を合わせようとした時…
後ろで、プシュっと音がした。
「あの、これ。父が好きだったビールです。それと葉巻…」
気まずそうに、二本の冷えたビールと葉巻を渡された。

俺はそれを見て何だか嬉しくて堪らなかった…
目頭から熱いものが零れ落ちる。
この時俺は決めた。
「ねえ、日本に来る気ある?」
それを聞いた彼女は、戸惑いながらこう告げた。
「コインあります」
俺は何も考えず、手に持っていたビールを親父の墓前に供えると、ポケットにあったあのコインを妹に渡した。
「あっ、チェ・ゲバラのコイン。こっちが表。そして裏。表が出たらお兄さんと一緒」
そう、此処へ来て初めて気づいたが、あのコインはキューバのコインで、革命家チェ・ゲバラが描かれたものだった

妹は、チェ・ゲバラの描かれた方を表だと言ってからパチンと弾いた。
俺がしたように…
そして、にこりと笑い、左手に乗ったコインを見せてくれた。

表…

「お兄さん、葉巻とビール。味わって」
妹はそう言った。
言われるまま、葉巻に火を点け燻らす。
そして、ブカネロと書かれたビールを親父に向け「乾杯」と呟き一口のんだ。
ベストマッチかな、旨いよ…

生きているうちに、一緒に飲みたかった…
皮肉なもんで、今更そんな事を思う。

けれど、親父。