伝線
「今日も疲れたねー」
そう言い、こちらに向けられた彼女の笑顔に胸が高まる。そんな自分の動揺を感付かれないよう私もいつも通り相槌を打つのだ。
「そうだねー。今日は特に厳しかったよ」
同じ部活にいた彼女が、私と同じ趣味を持っていることを知ってから、私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
偶然にも家の方向も同じだったので、自然と一緒に帰るようになっていた。
いつからだろう。彼女のことを友達、親友以上の存在として意識するようになったのは。
彼女の一挙手一投足に目を奪われ、表情の一つ一つが愛しくてたまらない。
誰よりも彼女の傍にいられる存在でありたい。
しかし、彼女が私のこの気持ちを知ったらどう思うだろうか。
今まで築いてきた親友としての関係を壊したくなくて、自分の想いは封じ込めることにしていた。気付けば彼女に対する自分の感情を表に出さないようにすることが、日常茶飯事になっている。
「ああ、もう、本当に疲れた。ねえ、おんぶしてってよ」
そんな私の努力も知らずに後ろからのしかかってこようとする彼女。冷静を装いするりとその手から逃れる。
「嫌だよ。私だって疲れてるっての。しかも暑苦しい」
私がそう言うと「愛が足りないなー」と呟き、彼女はおとなしく隣を歩き出した。
それにしても最近の彼女はやたらとスキンシップが多い。
以前は手を繋がれることすら抵抗があるようなことを言っていたはずなのに、事あるごとに私に抱きついてきたり、腕を組もうとしたりする。
そのたびに私はなんでもないような顔をするのに必死だ。
じゃれあいの中で発せられる「好きだよ」の言葉で私がどれだけ動揺しているか彼女は知らない。
友人としての意味だということはわかっていても、いちいち反応してしまう自分が情けない。どうにも最近は気持ちを悟られないようにすることが難しくなってきている。
そんなことをつらつらと考えていると、駅に着いた頃に彼女に文句を言われた。
「ちょっと、人の話聞いてる?」
彼女が話していることに適当に相槌を打っているのがばれてしまったようだ。
「ごめん、ごめん。今日疲れたからか、ちょっとボーっとしてた」
「しっかりしてよね。疲れてるのは分かるけど、私1人で話してるの馬鹿みたいじゃん」
「だからごめんって。今からはちゃんと聞くから」
「もういいよ。私への愛はそんなもんなんだね。私はこんなに愛してるのに」
最後の言葉に過剰に反応してしまいそうになるのを抑え、すねたような彼女をなだめる。
そうこうしているうちに電車が来て、それに乗り込むといつものように2人で並んで座る。
ふと、隣の彼女を見ると音楽プレーヤーをいじっている。
「今、何聴いてんの?」
そう尋ねると彼女は片方のイヤホンを自分の耳に付け、もう片方を私に差し出しながらけだるそうな声で言う。
「ん~?一緒に聴く?」
「うん聴く」
一も二もなく差し出されたイヤホンを受け取ると私も付け、流れる音楽を聴く。
と、不意に私の腕にかかる重み。彼女が私にもたれかかっている。
首元をくすぐる彼女の髪、腕に伝わる彼女の温もり、ほのかに漂ってくる香り。
静まれ、私の鼓動。
いつもの軽いスキンシップじゃないか。
深い意味なんてないんだ、いい加減に慣れろ。
そう自分に言い聞かせながら、動揺させた張本人につい苦情を漏らす。
「最近スキンシップ多くない?」
「え?そうかな?うーん、でも他の子にはしてないかも」
「何それ」
返ってきた言葉にまた心がざわつく。
これはどういう意味だ?彼女の本当の気持ちを知りたい。
このイヤホンを流れてくる音楽のように、彼女の気持ちも伝わって来ればいいのに。
そんなことを考えながら、私は赤くなっている顔を彼女に見られないように自分の爪先を眺めていた。