好きかなんてわからない
一時間目
始業式の日に行われた席替えで勝ち取った窓際の一番後ろ。
肌寒い日が多くなってくる秋に、陽の恩恵が受けられるこの席をゲットできたことは俺の中で最近のベスト1の出来事だ。
日差しを背中いっぱいに受けながら目を閉じて、早速寝る体制をとる。
「おはよう、太郎ちゃん」
学校で一番最初に俺に声を掛けてくるのは、学校のアイドルと言われている東川要。
身長はクラスの女子平均155センチ、小柄で顔立ちも女の子のように可愛い。
色素の薄い猫毛を跳ねさせて、俺に懐いてくる姿はまるで子猫。
「俺は太郎じゃない」
せっかく一人を享受していると必ずこいつは現れて、俺の至福に乱入してくる。
頬づえをついて、一瞥する。花が咲き乱れるような笑顔で要はお気に入りのデジカメにキスをする。
「まぁまぁ、太郎ちゃん。笑ってくれれば僕が稼げて嬉しいんだけどな」
些細な行動に要の取り巻きの女子が扉のところで黄色い声をあげる。
「お前、また俺で金稼いでんのか?相変わらず可愛い顔して、あこぎな奴」
「そんなこと昔から知ってるくせにー。太郎ちゃんは長身短髪の生きる文武両道って感じで、顔だって世にいう濃い目なイケメンだから僕の財布は幼馴染で非常に嬉しいって言ってるよ」
女子に向かって手を振り、迷惑だからね小さく俺に呟いて集団に離散に向かう。
写真部に所属している理由も人を撮っても文句言われないからなんて黒い理由なのに、写真部の連中は男女問わず要の可愛さにぞっこんで何にも言わない。
まぁ、要の撮る風景写真だけは認めてもいいと思っているが俺はそれだけだ。ましてや自分の写真が治外法権に売られているなんてあり得ない。止めたところで要は上手く逃げるし、不器用な俺になんてどうしようもないから放置しているだけ。
「相変わらず人気者なんですね、要君」
柔らかな黒髪をひとつに結って、右肩に流したヘアスタイルの真壁純一。身長は俺と同じくらいだか、鯖折りかけたら死にそうな細身。これにメガネを追加したら、これはもう漫画の主人公かって突っ込みを入れたくなる。
「属性だらけの真壁だ」
「おや、ついに敬太郎君もこっち方面に来てくれるんですか?」
「いや、遠慮しとく。属性については清子さんに教わっただけだ」
清子さんとは真壁の大学生のお姉さんで、同人界と言われる場所で凄く有名な人らしい。
そして真壁は清子さんの影響もあって見た目の王子様ルックとはかけ離れた、超が10個付いても足りない位のオタク。
「姉さんがまた来て欲しいって伝えてくれと、お給料渡したいみたいです」
「ん、なんにもしていないのに悪いなぁ・・・やっぱ」
ネタに詰まっていた時にたまたま真壁家にお邪魔した俺たち三人を見てインスピレーションが湧いた清子さんが出した漫画がブレイクし、現在漫画雑誌に載るくらいになった。
近くにモデルがいるとどんどんネタが湧くみたいで、清子さんは俺たちに給料という名のおこずかいを月一ペースでくれる。
俺としては何にもしていないのにお金を貰うことはなんか心苦しい。そんな気持ちを汲んでくれた清子さんが、月に何回か呼んで手伝いをさせてくれる。
それでも俺的にはやっぱり・・・。
「そんな眉間に皺寄せないで下さい、キスしたくなりますよ?あちょー」
考え事をすると自分の世界に入り込んで、眉間に皺が寄せる癖を知っている真壁は、細い人差し指で額を突いて俺を現実に引き戻す。
「そんなこと書いてあったな、清子さんの漫画に。あちょーなんてねぇけど」
「姉さんの漫画を読んでくれてるんだね、ありがとうございます」
真壁のその笑顔が太陽の光で消えてしまいそうに儚く、俺の右手はいつの間にかブレザーの端に手が伸びる。
「どうかしましたか?」
次に見せた顔はいつも通りの笑顔で、俺は慌てて掴んでいた布を話す。
「いや、お前っていつも死にそうだなって思って」
「ひどいなぁ、僕は今死んだら死にきれません。アニメだって新クールですし、漫画もまだ終わってないんですよ!!まだ買ってないエロゲだってっ!!」
「わーわー、落ち着け!!真壁、お前後半のテンションの上がりが異常だぞっ」
場を流すために冗談で言ったのに、まさか温厚な王子様がこんな大声を出すような異常テンションになるとは思わなかった。
焦って立ちあがった俺に気が付いた真壁が顔を真っ赤にして、長身を丸める。
「すいません・・・・・つい興奮しました」
顔立ちも整っている真壁が照れて上目遣いになると、なんか凄く可愛く感じる。こいつが女だったらなんて考えても俺はきっと悪くないはずだ。
「全く、お前って本当に変な奴」
「姉さんには変態とは言われますけどね」
「それはまた別の理由だ」
作品名:好きかなんてわからない 作家名:かなえ