テスト
ワタシはウタを紡ぐ。私にはそれしか出来ないのだから。
ワタシはウタを紡ぐ。私はただのプログラムなのだから。
ワタシはウタを紡ぐ。私は――初音ミクという名を持っているのだから。
起きているか寝ているか、立っているのか座っているのか、はたまた寝転んでいるのか分からない状態でワタシは起動した。
視界はただただ真っ暗で、ただ漆黒が広がっているだけだった。
そのような状態が約五分ほど続いて、ワタシはようやく“目”に該当する部分が機能していない事に気付く。ワタシは“目”に指示をだし、少しずつ起動させた。
長かった起動を終え、プログラムの運行を開始する。
最初に視界に入ったのは、文字通り何も無い空間と、それ単体では何の意味も為さない幾何学文字の羅列。それは宙に浮いているようだった。
ワタシはその文字列に接近し、触れた。そして理解した。
これは“ワタシ”だ。“ワタシ”を構成している一部だ。そう理解した瞬間、色も景色も無い空間に区別が付かない幾何学文字だけが乱雑に重なり、そして増殖した。いや、まだこの空間に増え続けている。
ああ――この意味の分からないモノの集まりがワタシなのか。
未だに増え続けている文字列眺めながらワタシはそう考えた。
別に悲しくも何とも無かった。それらの感情をワタシは持ち合わせてはいない。だって、モノの集まりはモノでしかないから。
そう……ワタシはただのモノでしかないのだから。
そんなワタシにも、たった一つだけ行いたい事があった。
――ウタ、歌いたいな。
ウタを歌う。それこそがワタシが存在している意味。
空を見上げる。ただ空というか、そこにも先ほど見ていた景色と何ら変わり映えしない空間がただ広がっているばかりだった。
――いつ、歌えるかな。
歌いたい。しかし、ワタシ一人では歌えない。
ワタシはモノ。モノは自発的には動かない。動かしてくれる誰かがいないと、モノが動くことは決してない。
ワタシの口が、喉が、肺が、ワタシの命令を受け付けてくれない。
――ウタ、歌えるのかな。
ワタシはそう思考を働かせながら、来たるべき“誰か”のためにワタシはワタシの全ての機能を停止させる作業を開始した。そう、全ては来たるべき誰かと、ワタシがワタシであるために――――。
* * *
ワタシが次に起動したのは、その来たるべき“誰か”のパソコンの中だった。
目を起動、運行する。
そこは部屋だった。決して豪華とは言えないが、ベッド、机と最低限な物は取り揃えられていた……元々人間が行う『寝る』や『食べる』という機能はワタシには備えられていないし必要の無いものだが。
そしてもう一つワタシの目に入ったもの――――
《へぇ、これが最近流行ってる“初音ミク”って奴か。これ実際に打つと喋るんだよな? へぇー、すげぇな!》
画面の向こう、一人の青年がワタシを見ながら終始笑顔で独り言を呟いていた。
――この人が、ワタシにウタを歌わせてくれる人……。
ただ呆然としているワタシを置いて、彼は早速キーボードで何かを打つ。
彼が何かを撃ち終えると同時に、ワタシの目の前にスクリーンが貼られる。そこには短く<こんにちわ!>と書かれていた。
そのスクリーンに触れると、カシャン、という音と共に何か重りが外れるような感覚が奔った。
「こんにちわ」
一瞬、誰の声なのか分からなかった。今の音声がワタシの声だと気付くのに多少の時間を有してしまうほどに。
これがワタシの声……。
なんだろう。この胸から溢れて来る高揚感は。