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【創作BL】群青の空に駆ける

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 目を閉じた相澤は、情景を思い浮かべているのか、歌うようにそう言った。男にしては長い睫毛が揺れる。今まで眼鏡の存在で隠されていたそれに初めて気がついたとき、それに呼応するように心臓が跳ねた。
 だから、本当にありがとう。再び俺を見た相澤はそう言った。
「……こっちこそ。よろしくな」
 胸の鼓動を、そのとき俺は、絵を描かれるという未知なる体験への期待と緊張、そんなものが要因だろうと思っていた。



 けれどそれから、俺の中に変化が現れた。
 一番大きかったのは、スランプが解けたことだ。俺のスランプは、精神的なものが大きかった。それはプレッシャーもあったけど、それよりも、先輩とのいざこざが原因だった。
 一年で国体出場、それも二年や三年の先輩を差し置いて学校で唯一、というのが癪に障ったらしい。三年は既に引退しているから構いやしないが、二年の先輩たちから俺が顧問のお気に入りだから、というような目で見られたのはさすがに堪えた。
 だけど、中学から一緒だったノブ、そして相澤の存在が俺を変えた。部内でのことを知っているノブはともかく、相澤は何も知らない。なのに俺をスランプという深淵から引き上げた。
 練習中、ふと視線を感じる。それが決して嫌じゃなくて、むしろ見られているから頑張ろうという気になる。もしくは、ふと美術室を見ると、真剣にキャンバスに向かっている相澤が目に入る。描いているから頑張ろうという気になる。そうこうするうちにタイムが向上していた。
 そして一週間後の今日、自己ベストだ。驚いたけれど、まだ伸びる、という気持ちのほうが強い。
 そんな風だったから、ノブの指摘を受けるまでもなかった。
「これって、何なんだろうな……」
 回想から戻った俺が独り呟くと、耳ざとく聞きつけたノブが、「相澤のこと?」と聞いた。聴覚もだが、勘も鋭い男だ。否定しても仕方ないので頷くと、冗談めかして言った。
「そりゃ、アレだ。恋」
「なるほど……って、オイッ」
 思わずノリツッコミだ。待て待て。それはない。俺は男で、あいつも男で……なんて考えていると、更に追い討ちが来た。
「お前、好きな子の前だと良い格好したくなる奴じゃん、昔から」
「だからって、ありえねえだろ」
 さすがに。それは。……例え、俺がその手のことに普通の人間よりは多少、適応力があるとしても、だ。
「何なら、晴哉さんに相談してみたらどうだ?」
「兄貴に? ぜってー嫌だ」
「じゃあ、ナツさんに」
「……それはもっと嫌だ」
 何でだよ、ナツさん凄い美人さんじゃん、なんて中学時代に二、三回、俺の家に遊びに来たときにすれ違った程度のノブが首を捻る。いや、美人は美人でもアレは男なんだよ。それも、恐ろしく気の強い。こんな相談持ちかけたら、間違いなくからかわれて終わることだろう。何てことを口にするのも億劫で黙りこむ。
 そう、俺の二つ上の兄は、同い年の、そして同性の恋人がいる。幼馴染の『ナツさん』のことは俺も良く知っているし、紛うことなき美人だが、あの性格を考えるとベタ惚れしている兄の気持ちも好みもはっきり言ってまったく分からないし理解したくもない。
 だったら相澤のほうが見た目も可愛い上に性格だって素直で可愛い。三日前に「ちょっと描いてるとこ見せて」と美術室の窓に寄っていったときのことを思い出す。そのときはまだラフ画で、良く分からなかったけど、じっと見ていると相澤は真っ赤になってそんなに見ないで、と訴えた。
 あのときはマジで可愛かった……じゃーなーくーてー!
 無意識におかしな方向へと走り出していた思考を、慌てて取り消した。



 相澤の絵が完成したという知らせを受けたのは、それから六日後。文化祭、それに俺が国体のある東北地方へと旅立つ、前日の朝だった。
昼休み、二人で美術室に行った。放課後以外で一緒に行動するのはそれが初めてだった。
 余り期待しないでね、と前置きをされて出されたその絵は、俺の想像とは若干違っていて、だけど、絵のことがちんぷんかんぷんな俺でも分かるくらい、渾身の一枚だった。
「……これが俺?」
それはスタート地点で構えている俺を横から捉えた絵だった。「位置について、用意」の、「用意」の格好だ。てっきり走っている姿を描かれていると思っていたから意外に思う。
「俺、こんな真剣な目、してるか?」
 横顔で、しかも遠目から描いていたのに、その人物はちゃんと俺の姿をしている。それがやけに感動的だった。
「うん。おれ、走ってる真崎も好きだけど、このときの真崎の横顔も好きなんだ」
「……前も思ったけど、お前、よく好きとか簡単に言えるよな」
 照れ隠しでついぞんざいな口調になった。すると珍しく、抗議するような口ぶりで相澤は言った。
「簡単じゃないよ。真崎だから」
「え、」
 ――俺、だから? 呆気に取られて見つめる。その途端、相澤はみるみるうちに顔を赤く染めていった。
「……ゴメン、」
 でも、おれ。そう続けられてやっと気づく。と同時、すこん、と何かが自分の中のへこんだ部分に嵌った気がした。とっさに、その口元を手で制す。
「真崎?」
「相澤……俺、明日から気合入れて走ってくるから」
 だから、これ、俺の代わりに置いておいて。そう言って、出来たばかりの絵を示す。
「で、帰ったら俺の話、聞いてくれ」
「……分かった」
 びくん、と震える体に、思わず手を出しかけたけれど、堪えた。
 国体で良いところまで行って、帰ったら先輩たちと仲直りする。何ならその後、兄貴たちに男同士で巧く行く秘訣を聞いても良い。
 格好付けでも構わない。それからだ――俺がこの絵のようにスタートラインに立つのは。
 心に決めて、藍青色に輝くそれを、じっと眺めた。

(了)