例えばこんな放課後の一場面
1人取り残されて、飛鳥は途方に暮れる。
「じゃあ、って言われてもなぁ……」
正直な感想だ。
この後、部活で会うし。
よりにもよってなんで?
飛鳥は椅子に座り直し、今さっきまでのやり取りを思い起こした。
どうすりゃいいんだよ……。
放課後になり、日誌の空白を埋めるべくシャーペンを走らせる。
欄が埋まっていればいいだろうと、書いている内容は適当だ。
「俺ばっかりに任せてないで、お前もなんか書けよ」
同じく日直だった春木に、ペンを渡す。
「書けって言われても、書くことないよ」
「俺だってないのをひねり出してんだよ。いいから書け。捏造してでも書け」
高3にもなって真面目に日誌を書くのもバカらしい。
「授業中に女子の裸を妄想して鼻血出したとか、なんかあるだろ」
「それ隣のクラスの池田だろ」
さすがにそれ書いちゃ可哀相だと、春木は哀れみを浮かべる。
「んじゃ、弁当ひっくり返したとか」
「食べ物は粗末にしてはいけません」
俺が担任に説教されんだろうが、と春木は取り合わない。
「もうなんでもいいよ。白いとこが埋まってりゃいいんだから!」
「本当になんでもいいんだな?」
春木が急に真顔になる。
「あ? さっきからそう言ってるだろ」
「わかった。じゃあ、ちょっとあっち向いてろ」
春木が日誌を手で隠すようにしながら何かを書き始める。
「お前、俺をネタになんか書く気だろ!? さすがにそれは怒るぞ、なぁ」
春木の肩を掴んで揺さぶるが、一向にペンを止める気配はない。
「おいって!」
グイッと一層の力を込めて春木の肩を引く。
「もう書き終わった」
春木はシャーペンを机に転がして、席を立つ。
「それ、職員室持って行っといて」
「変なこと書いてたら消すかんな!」
飛鳥は日誌を覗き込む。
見えた文字に、思考が凍りついた。
春木はそんな飛鳥を知ってか知らずか、カバンを持って教室を出て行こうとする。
「言っとくけど、それ捏造じゃねーからな」
「……はぁぁあああ!?」
混乱する飛鳥に向かって、“じゃあ”と笑顔で手を振りながら春木は廊下へ出て行ってしまった。
「こんなもん、提出できるわけないだろ...」
飛鳥は春木の最後に見せた笑顔を恨めしく思いながら、消しゴムを手にした。
「こんなもん知るか。俺は消すかんな! こんなとこに書くお前が悪い」
誰にともなく言い訳をしながら、消しゴムを持った手を文字に押し付けようとする。
だが、どうしても消すことができなかった。消したくない。
何度も読み返す。
頬が熱くなる。
心臓が高鳴る。
俺は飛鳥が好きだ。
そのたった一文に、飛鳥は全てを奪われた気がした。
「このページだけ切り取っちゃダメかな」
ボソリと呟く。
そんなことを考えてしまう程度には、飛鳥はこの一文を困惑よりも何よりも、嬉しいと感じていた。
「その前に、俺としてはお前の気持ちを聞いておきたいんだけどな」
突然聞こえた声に、飛鳥は思わずビクッと飛び上がった。
「まぁその反応を見れば返事も何もないか」
いつの間にか廊下からこっそり戻ってきたのだろう春木が、飛鳥に歩み寄る。
「とりあえず、交換日記から始めてみる?」
作品名:例えばこんな放課後の一場面 作家名:久慈午治