究極未完成地図
フラフラと足取りの覚束ない友人の姿に侑哉が呆れた口調で言った。
久しぶりに集まった4人で時間を忘れて飲み明かした夜は、すっかりとその主導権を太陽に渡し姿を潜めていた。車の少ない大通りは白い光に照らされ始め、雀の囀る声と徐々に増え行く人影にいつもの活気を取り戻しつつある。
仕事帰りにそのまま待ち合わせのバーへと直行した侑哉は、心地よい解放感に自然と纏っている濃灰色のスーツを大きく着崩していた。
4人ともまだ21歳だが、黒髪にスーツ姿の侑哉は実際の年齢よりも少しだけ大人びて見える。
「大丈夫だって…ぅわっ!」
千鳥足のまま侑哉の声にへらりとした笑顔で振り向こうとした瞬間、歩道の凹みに足を取られた亜夢は大きく前に倒れ込んだ。亜夢のふわふわとした茶色の髪が重力に逆らい浮き上がる。
――危ない!
瞬間的に思った侑哉が亜夢の手を掴むにも足りない距離で、亜夢の身体を抱きとめたのは手首や指にシルバーアクセサリーが目立つ篤の腕だった。
「っと…危ねぇな」
亜夢を咄嗟に受け止めた事でずれた黒い帽子を直しながら篤がほっと胸を撫で下ろすように呟いた。
特に低身長と言う訳でもない亜夢だが、体格の差で篤の腕の中にすっぽりと収まってしまう。筋肉質で黒い短髪に日頃から無精髭を生やしているせいか怖がられがちな篤だが、友人が無事で済んだ事に安堵したその笑みは優しいものだった。
「ご、ごめん…」
バツが悪そうに眉を下げ篤に苦笑を向ける亜夢の頭を、一番先頭を歩いていた圭吾が振り返りぽんぽんと撫でた。
「少し休んでこっか?」
無造作に伸ばした金色に近い髪を後頭部で結び、人懐こい笑みで圭吾が亜夢に問うと間を置かずに同意の頷きが返ってくる。全体的に細身で一見頼りなさそうに見える圭吾だが、その笑顔に亜夢はいつも深い安心感を覚える。
4人で歩道の植え込みの傍に移動すると、言葉とは裏腹に亜夢は限界が近かったらしく座り込んだ亜夢は隣に座った篤に寄り掛かった。
亜夢はあまり酒が強くない。その癖に酒を飲む事自体は好きなので大体いつも真っ先に酔う。ペース配分を考えろ、と他の3人には再三言われているのだが、飲み会となれば浮足立ちすっかり亜夢の頭はその事など忘れている。
「全く…ちょっと水買ってくるわ」
3人が座り込んだのを見ると、篤と圭吾に手を振られながら侑哉は目の前にあったコンビニの扉を潜った。酔い冷ましの水と、もうひとつ手に取ったのはオレンジの飴。アルコールの分解には柑橘系がいいから…などと誰にともなく言い訳を一人考えていたが、実際購入する理由は亜夢の好物だからだ。
支払いを済ませて3人の元へ戻ると、そこには可笑しそうに笑う圭吾。大きく溜息を吐く篤の姿があった。
原因は亜夢。先程までは上体を寄り掛からせるだけだった亜夢の身体は僅か数分の間に大きく傾き、篤の腕の中に抱かれるようにしてすっかり心地よさそうな寝息を立てていた。
「亜夢寝ちゃった、どうしようか」
「どうするって…ここで寝られてもすげえ困るぞ。コイツ熱いし。腕痛ぇし」
楽しそうに亜夢を眺める圭吾と不満そうな様子の篤の言葉を聞きながら、侑哉も歩道の縁石の上に腰を下ろした。コンクリートの冷たさが心地良い。コンビニのビニール袋から水を取り出すと、篤に渡す。飴は自分の上着の内ポケットの中へ見つからないようこっそりと仕舞った。
「首辺りに押し付けりゃ起きるんじゃねえの?」
投げやりな口調で両膝に肘をつきながら篤の腕の中で眠る亜夢を見る。そのやり取りに何を思ったか、圭吾が腕を伸ばし亜夢の緑色のTシャツを捲り腹を露出させた。
「どうせならおへそに垂らしてみたらいいんじゃない?」
悪戯を楽しむ子供のような笑みを侑哉に向けながら圭吾は滑らかな亜夢の腹を擦った。意識は無いものの、擽ったさに反応した亜夢がもぞもぞと何か呟きながら身じろぐ。
「ぅ……ゃ…」
「はは、亜夢かわいー」
「おい、止めろって…」
悪びれもなく悪戯を続ける圭吾に篤が制止をかけるが、圭吾は聞く様子もなく今度は脇腹を擽っている。侑哉はその様子に沸き上がるイライラとした感情を必死に抑えようと、視線を大通りを行き交う車に向けた。
亜夢がさっき小さな声で呟いたのは、自分の名だと悟りながら。