きかざる
上手く笑えない僕を、冗談にも無難でつまらない受け答えしか出来ない僕を、彼女達は笑うのだ。
今も、指を指して笑うように、僕を見つけて僕の名を呟く。
笑い声が追いかけてくるような気がする。追いかけてくる。来るな。僕はブレザーのポケットに手を突っ込んでプレーヤーの音量を上げた。
早足になってはいけない。逃げるように見えるから。背を強張らせてはいけない。怯えているように見えるから。
敗北感は厭だ。僕はまだ誰にも負けてはいないと思っていたい。
情けない思いはしたくない。恥ずかしい思いも厭だ。
その為の努力は惜しんでいないつもりだけれど、彼女達のように群れの一員になることこそ情けなく恥ずかしいと思う自分が邪魔をする。あんなつまらない人間になってもいいのか。それこそ恥ずかしくないのか。と糾弾するように頭の中の僕は言う。
そう責めるなら、笑われようが後ろ指を指されようが、胸を張って背筋を伸ばして恐れずに凛としていればいいのに。
それも出来やしないのだ。ややこしい。臆病者。
早く早くと心が急く。走り出したい。
横一列になってとろとろ歩いている先輩を避けて追い抜いた。早く部屋に帰りたい。少なくともあそこは私を汚さない。空気を取り込む肺から腐っていくような感覚も、誰かに怯える必要も無い。
校門の前の横断歩道で立ち止まった時、突然に後ろから伸びてきた手がイヤホンを引っ張った。イヤホンが耳から外れて、外の音が聴覚になだれ込む。
振り返ったらさっきの彼女達が笑っていそうな気がして、心臓が嫌な感じに跳ねて、それでも僕は振り返っていた。
「歩きながらイヤホンは危ないってば。…なぁ、」
ブレザーをだらしなく着た言わざるが、イヤホンを持ったまま僕の苗字を口にした。彼女達が哂うときに使う僕の名だ。
彼女達の笑い声が大きくなった気がした。
「っ、」
かっと頬に血が上るのが解る。もう駄目だ。嫌だ。
イヤホンを引きちぎるように彼から奪い取って、僕は今度こそ逃走していた。
踵が抜けやすいローファーでばたばたと走って、走って、走って。あまり使われていないほうのバス停を選んで、わざとそちらの方へ行く。
もう誰も見たくなかった。誰の声も聞きたくなかった。