或る絵描きの話
滅ぶのが世界だなんて大それたものでなく、一部品にすら成りえないちっぽけな僕だったならば、僕は何を願うのだろう。
周りには汚らしく汚れた思惑と欲望と干乾びた日常への失望ばかりが散らかっていて、誰も季節の花の美しさや空の高さにさえも何の価値も無い。
そんな中で僕は、自分の中にぽかりと暗く口を空けた穴を埋めるのに忙しい。否、きっと僕だけではないだろう。
在るべきものがきれいに抜け落ちて、空いた深く暗い穴。その穴は何時か僕を飲み込むだろう、と漠然とした不安だけがいつも僕を苛んでいた。
ともだちと無邪気に笑い合うときも、僕に惜しみない愛をくれる人たちと語り合う時も。笑顔の裏に、幸せの裏に、いつもそれは座り込んで僕を睨んでいる。忘れるな。と。
不満があるわけでも不幸なわけでも無い。けれど僕はこの日常に適応しようとしてもどこかで心の一部がはみ出してしまう。
深く暗い穴は、僕に僕は欠陥品だと意識させる。本当は、僕はともだちや愛しい人たちと笑い合う資格の無い人間なのだと。
だから僕は絵筆を握る。穴を埋める為に。許せない自分を罰する為に。僕は死神を背負っている。
彼は、あの子は、貴方は、違うのか。周りと自分の埋まらない差異に愕然とし、恐れることは無いのか。
恐れてばかりいる僕は、絵を描くことでなんとか折り合いをつけようとする。欠落を芸術に変え、表現すれば、皆が僕を許してくれるのではないだろうか。と。
そうすることでしか生きている事を認識できず、1人では立ち歩きも出来ない僕は体ばかりが大きくなった幼児のようだ。僕は絵を描くことしか知らない。