花少女
今日の授業は初めて受け持つ教室であったために若干の緊張を覚えながら、私は教壇に立った。ぐるりと教室中の面々を見回し、その全てがやる気十分であることを確認する。その時は気づかなかったのだが、授業が進むにつれ、一人の生徒の視線だけがやけに真剣であることに気づいた。
その生徒は少年で、真面目で誠実そうな顔つきをしていた。その真剣な表情の奥には、柔和さも隠されているような気がした。人当たりのよさそうな雰囲気を持っており、定めし同性からも異性からも好かれる存在であることだろう。そんなことを、チョークを動かしながら考えていた。
授業が終り、私はまた控え室へと戻った。今日はあと一つ仕事をこなせば帰宅できる。帰りに妹の所へも寄れるだろう。席に腰を落ち着けて、お下げ髪の少女、九条円と名乗った彼女のことを思い出した。次いで、授業中私の説明に対してよりも集中して、私の背中をじっと見つめていたらしい少年のことも思い出した。そういえば、名簿で確認するのを忘れていたが、いったい彼の名前はなんと言うのだろう。何故、あれ程までに私を凝視していたのだろう。おとなしいが芯の強そうな眼差しの持ち主だった。私の知り合いの子供ででもあっただろうか。
……いや、妹と同い年の子供がいるような知り合いなど、いないはずだ。親戚にもいたような記憶はない。では、別の機会にどこかで会ったことがあるのかもしれない。それとも、彼の視線は私の、単なる気のせいだったのだろうか。
「神崎さん、どうかなさいましたか」
同僚の教師の問いになんでもありませんと答えて、私は思考を中途で放り出し、次に受け持つことになっている授業の復習を始めた。