花少女
9
桜の咲く季節、妹の月命日。
私は手桶を提げて、墓に向かう。一通り掃除を終えて、妹への近況報告を済ませ、辺りに植えられた桜の木々を仰ぐ。ひらひらと舞う桃色の吹雪の合間に、ちらりと人影が見えたような気がした。
眼を凝らすと、そこには一人の少年が立っていた。
――――彼は。
少年はこちらに気付いているのかいないのか、ただじっと、妹の墓を見つめていた。それで私も声を掛けるタイミングを逸し、ぼんやりと彼を見る。
「どうしたの、あなた」
振り返ると、宮子が私の肩に手を添えて、首を傾げていた。なんでもないよ、と私はその手に自分の手を重ねて、握る。春の陽気と同じ暖かさが、そこにあった。宮子はくすりと笑って、しゃがんでいた私を立ち上がらせた。
「ぼーっとしているのは昔からでいらっしゃるけれど……。そちらに、誰かいましたの」
「あ、ああ」
肯いて、もう一度さっきの桜の木の下に目をやる。しかし、そこにはもう、誰もいなかった。
「おかしいな、あの子がいたと思ったんだけど」
「あの子? ……もしかして、小夜子さんの幻影でも見えたんじゃなくて」
宮子はくすくすとおかしそうに笑い、私の顔を見る。
「いや、違う。そうじゃないが……」
私は首を振って、気を取り直した。
「うん、きっと気のせいだ。なんでもないよ」
そう、暖かい春の空気に、白昼夢でも見たのだろう。
宮子は微笑んで、私の先を歩き出した。いつか見た桜の簪が、彼女の細い首の上で揺れる。
「…………」
私はもう振り返らなかったが、頭の中に、先ほど見た白昼夢がいつまでも消えなかった。
桜の中に一人立つ青島月路の手の中に、あの白い花が握られているのを。
終