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咽び泣くは

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今日もまた、さなぎが蝶になることは無かった。



「ねぇ、嫌だ、ねぇ!目を開けて!ねぇ、ねえったら!知ってるよ、これいつもの死んだ振りでしょ、ねぇ私帰ってきたんだよ、だからねぇ、目を開けてよ……ねぇ、」
女が体を揺さぶる、男はそれに反応しない。
何度か声をかけ続ける、帰ってきたから、ねぇ、目を開けて、ねぇ笑ってよ。
けれども男は何にも反応しない。
まるでそう、人形のようにただ女に揺さぶられるだけ。
より一層女の揺さぶりは激しくなる、声も大きくなる。
その声は泣いている様に、いや、静かに悲鳴を上げていた。
「いやぁぁぁあああああぁぁぁ!」
どうしてねぇなんでねぇ、ねぇ、ねぇ……
ようやく動かぬ男に全てを認めた女は、その上に崩れ落ちる。
大粒の涙がぽたぽたと男へ落ちる。
何もかもを気にせず泣く女と、何もかもを気にせずに……否、気にしていたからこそ眠る男と。
それを遠くから見る自分。
空を見上げる。
現の空。
ああ、なんて澄み切っているのだろう。
けれどここは自分にとっての現ではない。
綺麗などこまでも晴れ渡る雨上がりの青空。
ぽたり、と近くの葉から水滴が落ちる。
自分にとっての現は、いつまで経ってもあの薄暗い牢の中。
ごめんなさいごめんなさい、女の声が男を責めるものから弱弱しいものに変わる。
ああ、あの時、あなたもこんな風に泣いてくれましたか?



「キューチャンキューチャン」
丸い羽を生やした機械がくるくると飛び回る。
「ラナ! そろそろ帰ろうぜ」
女の向こうから走ってくるのはパートナーの男。
「ちゃんと魂は向こうに送ったんだろうな」
「もちろん」
「の割には結構時間かかってなかったか?」
将之、と自分より少し背の高い男を下から見上げると、男は目を少しだけさ迷わせる。
「あー、最後に彼女を見たい、って言ってさぁ、ちょっと、な」
はぁ、とため息をつく。
「狩ったからといって、奴は影になる一歩手前だったんだぞ? お前、もうちょっとそこら辺考えろよ」
「まぁいいじゃん、ちゃんと送り届けたんだし」
「規律は守れ規律は! 補佐だろお前」
「かったいなぁ、ラナは」
「お前がゆるいんだっての!」
ばしりと本気で背をたたく。
「った!」
「終わったんなら行くぞ。遅いとまた兄貴にからかわれる」
「はいはい、っと」
背をさすりながら何故か嬉しそうにしている将之に、何にやにやしてるんだと問えば、ぽん、と頭に手を置かれた。
「……落ち着いた?」
「はぁ? 何がだよ」
ぽんぽん、と数度頭を叩いてから、すっ、と将之が離れていく。
それがなんだか見透かされているよな気がして、ばし、とその背をもう一度叩いた。
女はまだ泣いている。
それをちらりと横目で見たラナは将之を伴って風の中に消えた。




ねぇ、私が死んだとき、あなたもあんな風に泣いてくれたのでしょうか?
作品名:咽び泣くは 作家名:ていら