赤い花の哀悼
愛した庭園の土の中に埋まっていく男を見ながら、私はそっと息を吐いた。これが空虚感というものかと感慨深く思ってみたもののそれ以外のものは何も抱かなかった。
あの男は私の唯一の血縁者であり、理解者であり、配偶者であり、恋人のそれだった、のだと思う。
男はいつも綺麗に笑っているだけだったので、私には何を話してくれたこともなかった。ただ男の劣化複製品である私は、自分が感じることが男の教えたかったことなのだろうと決め付けた。決め付けることでしか父のことがわからなかったから。それでも私はそれが男の本懐だったとしか思えなかった。
父は私に何も教えてくれはしなかったが、男は私に微笑みながらすべてを教えてくれた。私よりも憐れで、弱く、そして強かった男。私を育てた男。私の父親。美しい男、私の父。
あなたを嫌いではないとしかいえない娘を、「お前はそれでいい」といって娘の頭を撫でた。
憐れな男だ。悲しそうに笑う男をみて私は思った。嫌いではないというのは好きとは違う。男はそれを知っていた。
男は私をどう思っていたのだろうか。
私が天邪鬼ならば、そのオリジナルである男も天邪鬼だったのだろう。私は男の本意を知らない。
私の遠い親戚とやらが父が私に遺したであろうものを根こそぎ搾取しようと近付いてきたが、それはすべて不発に終わった。
父が私に遺したものは一つの家だけだった。
その庭園には、私を途惑いながらも愛した男が眠っている。
同居を持ちかける輩もいたが、私は子供ではなく一人の人間であったので、醜いそれらを一蹴した。
私の家族はたった一人。甘い死臭を漂わせ、綺麗に笑って死んだ男。私の父、それだけだ。男の埋まった場所以外は、伸びるままに任せた。
父の愛した草木たちは嬉しそうに枝を、葉を広げている。外のものが無駄に手を入れることは、彼の本意ではないとしたからだ。
そのとき私はふと似ている、と思った。
私はあの庭園の草木なのだ。
すると男は私を愛していたのかと、私の目から一粒の雫が零れ落ちた。