小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

赤い花の葬列

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「憐れな子だ」泣き叫ぶこともできないのだろうお前は強いから。
そういってその日もやはり男は笑っていた。

笑うことは男にとって滞りのない世渡りに必須なものであり、そしてそれ以外の表情を浮かべる事ができないという呪いだった。誰がかけた呪いなのか。むしろ男は自分で自分を呪ったのではないかと思う。
男はいつだって笑っていた。過去のいつの時間を思い出しても男が笑っていないことなどなかった。そして今も、男は笑っている。その笑顔はあの花を握りつぶしたときと同じ。
庭園のそれは美しく咲き誇っていた一輪の花。私はそれを何の気なしに握りつぶした。
確かに私はそれを美しいなとは思った。ともに醜いと思った。どうせこの花もいつかは枯れていくのだろう。散ればまだ美しいがこのまま枯れていくのは許さなかった。
その色は赤かった。握り締めた手を開くとそこから散ったのもまた赤だった。その花には棘があったので、それが私を傷つけた。痛みは感じなかった。
男は花を潰したことを怒ったりはしなかった。ただ笑っていた。
「ああお前は甘い子だ」と。
美しいものが美しいうちに散れるのが正しいとは思わない世界の全ては醜いんだよ、と綺麗に笑った男。
腹を捌いてみたらどろどろとした黒い醜い何かが零れだすのではないかと思う、そんな顔を男はしていた。
みかけが綺麗な男。いやそれは私も同じか。男の劣化複製品である自分。反吐がでそうだ。

男の笑顔からは常に死のにおいがしていた。それが死臭だと知ったのは男の死ぬ一週間ほど前だった。
その頃に自分はもう立派な一人の人間で男が倒れた時、私は何をしていたのだろうか思いだせない。
いや思いださなくていいのかもしれない。私は男をどう思っていたのだろうか。

男は笑っていた。死ぬ前も死ぬ瞬間も死んだ後も。うっすらと微笑んでいた。死ぬ前に男は私にこういった。「憐れな子だ」と。
その笑顔は綺麗だった。私が見てきた男の笑顔の中で一番綺麗なものだった。
男は死んだ。男のいった通り、私は泣かなかった。叫んだり喚いたりしなかった。
棺に入った男をみてようやく男は死んだのだなと思った。ずっと笑顔に縛られて、ずっと自分に縛られていた男。私よりも憐れで、弱く、そして強かった男。私を育てた男。私の父親。
ゆっくりと眠りなさい。
棺を見送りながら花を握りつぶしたときのように手を握り締めた。
作品名:赤い花の葬列 作家名:雨井戸